日記独り言

2008年11月7日
 今日は「立冬」。暦の上では今日から冬なのだ。私が書斎に使っている2階の部屋は、お隣の庭に面している。ベランダに出ると、そこにお隣の大きな柚子の木が枝を広げている。仕事をしながら、その枝にたくさんなっている柚子の実が日ごとに黄金の色に染まっていくのを楽しみに見ている。まるで朝夕の冷え込みが、その黄金色を磨いているかのように、どんどん美しさを増していく。その美しさが増すたびに冬が深まっていくのだろう。冬枯れが進む中で輝きを増していく柚子の実を見ながら、人生と重ね合わせてみたりしている。
枯れることで中から美しさがにじみ出し、枯れる中で光を放つような人がいたら、すばらしいことだなあ、と思うのだ。
 このところ、「アンチエイジング」の風潮が世にあふれ、「いつまでも若く」がもてはやされているが、老成したからこそにじみ出す人間としての深みにもっと目を向けて良いのではないか。知恵もあり、落ち着きもあり、確かな判断力を備えた「頼もしい大人」になることは、若さを誇るよりももっと難しいことだ。深みのある成熟した大人の存在を、社会はもっと礼賛して良いはずだし、世の人も老いるからこそ見えてくること、あるいはできるようになることがあることを知り、そのことを楽しみ、味わうことを誇って良いはずだ。

 ところで、今日は「知恵の日」でもあるという。何のことかと思ったら、朝日新聞社が社会用語辞典「知恵蔵」を発刊するときに、その発刊を記念して名付けたのだという。記念日とはそんなことでも暦に刻まれるのか、と改めて知ったが、もっと違うことを期待していただけに、ちょっと肩すかしをくらった感じ。

 肩すかしと言えば、相撲の決まり手の一つだが、大相撲の横綱「朝青龍」が九州場所を休場するそうだ。
 聞けば左肘靱帯損傷で全治3週間との診断を受けての結論だという。ちょっと待てよ。モンゴルに治療に帰る前にも同じ診断だったのではなかったか。だとすれば、全治3週間が何ヶ月も続いていることになる。治療が効果を上げなかったということなのだろうか。それとも治療をしていなかった、ということなのだろうか。
素人にはよくわからない診断だが、稽古はしない、巡業にも積極的ではない、ケガの治療にも不熱心で完治しないことを口実に休場する、といった具合に横綱としての責任感も希薄で、大相撲の力士としての自覚も欠如しているのだとすれば、引退したらどうなのだろうか。
私が横綱審議委員であれば、強く引退をお勧めしたいところであるが、どうにもよくわからない人だ。
2008年11月6日
 我が愛機を受け取ることができると喜び勇んでPCデポへ出向いた。しかし、今日のところはバックアップフォルダの確認だけ。その確認が済んだら、リカバリ作業に入るのだそうだ。それにしてもずいぶんのんびりした作業ではないか。バックアップをとってリカバリするだけの作業など、自分でやるなら一日もかからずできてしまうのに、何としたことか。もう2〜3日かかるという。しかし、肝心のバックアップをとることすらできないほどに、我が愛機は瀕死の重傷だったので、致し方あるまい。やれやれである。

 そんなわけで、今日しようと思っていた作業は実行できないことがわかったので、運転免許証の更新手続きに警察署へ。事務的な手続きを終えて写真撮影。その写真を撮ってくれた婦警さんが『先生』と声をかけてくれた。私は気がつかなかったのだが、もう20年以上も前に勤めていた中学校での教え子だという。しかも話を聞くと、娘さんは2年前に同じ中学校に家内が音楽の臨時講師として1年間勤めたとき、指導したクラスに在籍していた生徒さんだったというのだ。そんなところでかつての教え子に会うなんて思いもしなかったのでびっくり。
これだから気を許せない。自分の知らないところで自分を知っている人が見ていたりするのだ。うっかりできないではないか。
2008年11月5日
 PCの修理を依頼しておいたPCデポから7:30PM、電話が入る。バックアップが取れるかどうか懸念されていたデータのほとんどについて、読み取ることができ無事バックアップできたという連絡である。ここ数日、消失の恐れのあるデータのことを考えると、心が落ち着かなかったが、これで一安心である。やれやれ、といった心境。
 明日は、運転免許証の更新手続きに警察署に行こうと思っていた(今度はめでたくゴールドでの更新なのだ)のだが、それは後日に延期して、早速PCを受け取りに店に向かうことにした。

 安心したら、世間の様子を気にとめる余裕も出てきた。
 アメリカでは、ほぼ2年にわたって繰り広げられていた大統領選の決着がついたという。しかもアメリカ史初の黒人大統領の誕生である。 アメリカの底力というか国民の持つ「動きを生み出す力」に感動すら覚える。自分たちの国をよりよいものに変えようというエネルギーが、どこかの国のように衰えておらず「変革」を求めてうねりを形成した結果、多くの識者が指摘したような人種差別の壁をいともあっさりと乗り越えて黒人大統領を生み出したと思われるからである。リンカーン以来の「国民のための、国民による政治」の精神が脈々と生き続けていたことを、まざまざと見せつけられた感があるし、まさに歴史的な瞬間に立ち会えたという喜びも感じられる。
アメリカを見直したと言っても良いかもしれない。
2008年11月2日
 なんということであろう。メインで使っているデスクトップ・パソコンが息を止めてしまった。今朝のことである。
 顛末はこうだ。タスクバーに『アップデータをダウンロードしてインスト-ルできます』のメッセージ。見ると、「サービスパック3」のようだ。普段なら慎重を期して、不要なアップデートは避けているのだが、魔が差したということなのだろうか。何気なく「インストール開始」のコマンドを実行してしまったのだ。ところが、1時間経ち2時間経ってもインストール作業が終了しない。デスクトップを見るとフリーズしているようにしか思えない。ほんの少し『ここで強制終了したら面倒なことになるかも』という思いが頭をよぎったのだが、手の方が早くメインスイッチを押して強制終了してしまっていた。そして、その不安な予感は見事に的中。
 それ以降は何をどうしようがWindowsが起動してくれなくなってしまったのである。またしてもトホホな神が降臨してしまったのだ。
 何とかリカバリをせずに(リカバリをするとすべてのデータが消去されてしまう。こういうときに限って、バックアップをとっていない新しいデータがたくさんあるものなのだ)、Windowsを起動してもらうことができないかと淡い期待をもって、このPCを購入したPCデポへ。ここなら修理も信頼がおける。診断に30分ほどかかったが、その診断結果は冷酷にも『リカバリするしかない』とのこと。残念!
 そうなると、大切なデータはすべてバックアップしてもらうしかない。費用は結構かかるが、背に腹はかえられない。痛い出費だが、そしてどれほどのデータがバックアップできるかわからないが、覚悟を決める以外に方法はなさそうだ。
 どうしてあのとき、ダウンロード→インストールをいとも気楽に油断して実行してしまったか悔やまれてならないが、できるだけ多くのデータが無事手元に帰ってきてくれるのを祈るばかりだ。
2008年10月17日
 筑波大の須藤伝悦博士(保健学)が書かれた『モーツァルトが求め続けた「脳内物質」』読了。モーツァルトの曲が心の安らぎや健康などに何かよい効果をもたらしているようだ、という説はこれまでも聞かれた。中には、知能の高まりやガンの治癒にも、という具合に奇跡的な効果があるなどと主張する人もいて、何やら「眉ツバもの」と疑いたくなるような説もあるが、この書物に書かれていることはそのような低次で俗なものではない。きちんとした科学的な研究に基づいた知見をもとにして客観的で医学的な立場から書かれたものである。とは言っても、難解なものではない。音楽や医学などについて予備知識を持たない人にもわかるような平易な言葉で、すこぶる理解しやすい文章で書かれたおもしろい一冊である。これは音楽ファンのみならず、万人にお薦めしたい本である。『へえ』『なるほど』と納得しつつ、夢中でページを繰ってしまいたくなる本である。

 我が家は、CATVの回線を通じてネットに接続している。数週間前にモデムの交換時期が来たので交換する旨の電話連絡があり、ついでに少しの出費で回線速度を上げることができるのでそちらに移行することを勧められた。
 多少、速度に不満を感じていたこともあり、即座にOKしたのだが、今日がその工事日であった。
 これからは下り30Mである。作業後、早速ネットへの接続速度を測定してみた。
 回線の混雑具合にもよるのだろうが、実測18M強という結果。やはり速い。数値上も体感上もサクサクと動けることがわかる。これなら、ちょっと大きなデータでも短時間で受信できるはずだ。添付ファイルで写真を送ってもらっても平気だぞお、と娘に知らせてやろう。
2008年10月7日
 今朝のテレビニュースで俳優の緒形拳さんの急死を知る。つい先日も何かの番組で元気そうな姿を見かけたような気がする。文字通りの急死だったのかも知れない。新聞で確かめようと急いで新聞受けから新聞を取り出し、眺めていたら作曲家の福田和禾子さんの訃報が載っていてまたびっくり。我が家の孫が毎日「おかあさんといっしょ」を喜んで見ている、というのでなおさら身近に感じていた作曲家だけに残念。
 福田さんと言えば「はみがきじょうずかな」、「パジャマでおじゃま」、「北風小僧の寒太郎」、「赤鬼と青鬼のタンゴ」、「ありがとう・さようなら」、「そうだったらいいのにな」などの作品がひんぱんにテレビ、とりわけ「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」などの番組で放送されたことから、私たちにも馴染みの作曲家だ。現在子育て真っ最中の次女も、福田さんの死を非常に残念がっていた。

 とここまでで今日の記事を終わりにしようと思っていた。だが、夜のニュースですばらしい報道に接することができた。

 今年度のノーベル物理学賞を高エネルギー加速器研究機構の小林誠名誉教授(64)と益川敏英京都大名誉教授(68)=京都産業大教授=、米シカゴ大の南部陽一郎(87)の3氏が受賞する、というのだ。授賞理由は「小林・益川理論」と「対称性の自発的な破れ」による素粒子物理学への貢献で、宇宙や物質の成り立ちにかかわる根源的な現象を解明し、素粒子物理学の基礎となる「標準理論」を構築した功績が評価されたことに依るという。何だかとても難しい話で知ろうとの私にはちんぷんかんぷんなのだが、日本人のノーベル賞は6年ぶりだとのこと。何にしてもおめでたくもうれしい話ではないか。
そんなこんなで、悲しいニュース、嬉しいニュース、入り交じった今日の報道であった。
2008年10月1日
 腕時計を買おうと思い立った。
 時刻がわかるだけの機能を持っていればよいので、高価な物は必要がない。安物で結構なのだが、これまでいくつか時計を使ってきて不便に思っていたのが、電池の交換。電池の交換なんて簡単なこと(のはず)なのだが、時計によっては裏蓋をどうやって開ければよいのかわからないものもあり、その都度悪戦苦闘を強いられる。
 そこで、ソーラー充電タイプのものを買おうと思った。これなら電池交換のわずらわしさから解放される。
 また、この頃は自動的に電波をキャッチして、自動的に時刻合わせをしてくれるものがあると聞き、それは便利、できるならそのタイプが欲しいと思った。
 しかし、電池交換の心配がない、時刻合わせも不要、などという便利なものは値段も高いのだろうし、探し出すのも難しいのだろう、何と言っても「高機能」な時計なのだし手に入れるには、代償も大きいかも知れない、と思っていた。だから、「欲しい」と思ってから「買おう」と決心するまで、相当時間が経っていた。およそ半年である。探し出すまでの苦労も覚悟してようやく大決意をしたのだ。ところが昨日のこと、近所のホームセンターに行ったら、お目当ての「ソーラー電波時計」があるではないか。しかも、拍子抜けするほど安い。せっかく意気込んだのに思いがけず「あっさり」と手に入れることができたのだが、胸中複雑である。
2008年9月30日
 今日、玄関を出てみたら、どこからかよい香りがする。金木犀の香りだ。我が家の庭の金木犀が咲き始めたのかと思い、庭にまわってみたが、その気配がない。どこかご近所で咲いているのだろう。つい何日か前まで『暑い』とぼやいていたような気がするが、もう金木犀の季節。
 そう言えば今日はもう9月の晦日。明日からは10月。そう思ってみると、昨日・今日の肌寒さが、いっそう強く感じられる。

 今日は、モ-ツァルトの「魔笛」が1791年に初演された日である。217年前のことだ。今日は「魔笛」でも聴きますか。
 そしてまた今日は、我が茨城、東海村で臨界事故が1999年に起きた日でもある。
 あの日のことは、職員室で学校が取材を受けたケーブルテレビの番組を見ていて、突然に流れた事故のテロップに一同釘付けになってしまったので、よく覚えている。さらに翌日、学校には『臨界事故が起きたというのに、子どもたちを外で遊ばせるなんて』という苦情の電話が保護者から何件かかかってきたりして対応に追われたことから、忘れられない事故の一つになっている。臨界事故の被害が及ぶとすれば、校舎内にいようがグラウンドにいようが、大差ないはずだ。それを言うなら、登校・下校時には、親はどういう対策を施したのか、と逆に質問したいぐらいのものであった(退職した今だから言えることである)。今で言う「モンスター・ペアレンツ」のはしりだったのかも知れない。
そんなこんなで忘れられない事故となっているのである。
2008年9月28日
 今日、牛久市文化センターで、牛久市シビックコンサートが開催された。
 右の写真は、そのシビックコンサートに参加した13名の混声合唱団である。この4月から指揮/指導を依頼され、力不足ながら練習のお手伝いをさせていただいている、紳士淑女による合唱団である。13名で混声合唱?とお思いになる向きも多いかと思われるが、驚く勿れ、十分に美しいハーモニーを響かせることのできる熟年(?、失礼!)合唱団である。
 これからさらに力を蓄え発揮して、ますます魅力あふれる合唱をつくっていける合唱団だと思っているが、今日の発表で一区切り。次回の練習から、新たなスタートを切ることになる。
ソプラノ アルト テノール バス
2008年9月27日
 中山国土交通相が25日に発言した内容について撤回したと思ったら、今日も又とんでもない発言をしたという。
 25日には、『大分県の教委の体たらくなんて、日教組が原因。日教組の子どもなんて成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い。日教組の強いところは学力が低い』、『日本は内向きな単一民族』、『成田空港の滑走路拡張問題は、ごね得というか、戦後教育が悪かったと思う』などと発言。
 その認識の程度の低さと見識のなさを自ら露呈したようなもので、こうした感覚の人物が大臣を務めているというのは情けない限りである。 そしてさらに情けないのは、この人物がかつて文科相(小泉内閣)で、当時盛んに叫ばれていた「学力低下論」を受けて、それまでの教育改革に待ったをかけた人物だということであり、その「待った」の背景にあったのが、この程度の教育に対する「浅薄な理解と認識」だったということ。
 こんな人物の愚かな考えで、それまでこつこつと進められてきた教育研究を基盤とした教育改革が曲解・否定され、反対方向にねじまげられてしまったのだ。なんということだ、と慨嘆せざるを得ない。
 その彼が、発言の内容について撤回・謝罪をしたにもかかわらず、今日も「日教組はガン。日教組をぶっつぶす」と発言したという。
しかも、その謝罪の中で、一連の問題発言について「失言というか舌足らずというか、言葉狩りに遭わないように気をつけないといけない」と語った、というではないか。「言葉狩り」に遭ったという認識なのだ。自分の教育や人権についての見識が問われているのだことに考えが及ばず、単に「揚げ足をとられた」という程度の理解しかできない人物なのだ。
 彼の言動から察するに、戦後教育を否定と戦前の教育への憧憬が見解のベースにあるようだ。そのような考えの人物だから、どう糊塗しようと本質は隠しようがないということだろうが、こうした人物が大臣を務める国に住む国民は悲しいという他はない。
 と、ここまで書いてきたら、臨時ニュースのテロップで「辞任の意向を固めた」というではないか。彼が辞めれば、それで安心できるという問題ではないような気がする。口に出しこそしないが、同じような考え、戦前志向の人物はたくさんいるのだろうから。
2008年9月26日
 小泉元首相が今期いっぱいで政界より引退することを表明したとかで、マスコミは大騒ぎである。『自民党をぶっつぶす』と言って、自民党を壊すことができなかったかわりに、日本の国を崩壊させてしまった張本人である。さまざまな規制緩和で、国民の安心と安全をおびやかす事態を招き、いたずらに社会格差を押し広げ、官から民へを合い言葉に競争社会の負の面を押しつけ、社会に混乱をもたらした人である。
 にぎやかで浮薄な劇場型の政治を繰り広げて見せ、そのことによって「負の面」から国民の目をそらし、痛みを押しつけられたにもかかわらず、それに気づかない多くの国民の支持をいまだに受けているという困った人物だ。だまされているとも気づかず、あの当時の狂騒を懐かしんで引退を惜しむ人々には、『気は確かか』と思わず問いたくなるような心境だが、引退して影響力を持たなくなればいいが、と思っているのは私一人ではあるまい。

 ところで、ずいぶん前に市内のある小学校の先生から頼まれていた「パイレーツ オブ カリビアン」のテーマの編曲が完了した。
 金管バンド(マーチング・バンド)で演奏するためのアレンジである。マーチング・バンドなので、スネア、テナーなどの打楽器類が大活躍できるような編曲をめざした。こちらで試聴できます。→こちらのページ 
2008年9月23日
 プロ野球、ソフトバンクの王監督が今期限りで引退をするというニュースをラジオで聴いた。プロ野球人生50年、ホームランの記録樹立はもとより、真摯に野球に打ち込む姿で世の人々に感動を与えた素晴らしい野球人であったと言えよう。私たちの世代は「巨人、大鵬、卵焼き」が大好きな世代。その巨人は長嶋と王、両選手の活躍で黄金期を迎え、V9を達成できたのも彼らの活躍の賜であったことから、私たち子どもの多くは、1本足打法を真似て王選手になったかのような気分で草野球に夢中になるほどのヒーローだったのだ。
 その王選手、王監督が引退するということは、プロ野球の一つの時代の終焉なのかも知れない。今や日本人選手が数多く大リーグで活躍するネオプロ野球とも言える時代。かつての野球ファンには寂しいかぎりである。

 ところで、朝青龍が休場だというではないか。もしかすると、来場所は引退をしているかも知れない。これも一つの時代が終わる兆しなのだろうか。北の湖前理事長の優柔不断な対応のせいもあって、大相撲もさまざまな問題を露呈しているが、かつて北の湖が「憎らしいほど」に強すぎたために、子どもたちの嫌いなもののたとえとして「江川、ピーマン、北の湖」と言われた時代もあったのだそうだ。その北の湖前理事長の優柔不断さを浮き彫りにし、協会のあり方についてもさまざまに問題を指摘されるようになったのは、朝青龍が引き起こした不祥事や疑惑が引き金となったと見られているが、その意味でも大相撲がこれからも続いていくため、一つのステージの幕を下ろす瞬間に立ち会っているのかも知れないと感じた。協会と力士が一丸となって、新しい時代の幕を積極的に開けていくことを期待したいものである。
2008年9月21日
 つややかに 今年も秋が 訪れぬ

   ひっそりと 顔をのぞかす 秋の午後

     たちまちに こぼれ落ちそな 色とつや

        月の出を 秋の実りと 迎えたし

           まだまだと 気を持たせつつ のぞく顔
 この国の行政は、腐敗の一途を辿り、もはや国と国民を守るという基本的な構えを失ってしまったようである。
 そもそも国家の務めとは、自国の国民の安全を図り、「国民に食わす」ことである、と言ったのは司馬遼太郎。国民のことより自己を利することにやっきとなっている官僚の姿勢が、年金問題を生み、事故米流通の問題を生み、国民を不安に陥れてしまった。そしてまた、その官僚を統括すべき首相をはじめとする閣僚が無責任極まりないというこの国の状況は、国民にますます不安と怒りを感じさせる。
 内憂外患のこの時期に、自分たちの都合だけで党内の代表を選出する選挙を華々しく行い、表層的で一時的な支持率アップをチャンスに
解散・総選挙をと目論むような政治にあり方に、もう国民はうんざりし見切りをつけている、ということを政治家諸氏は知らなければならない。
 いったい国民の何パーセントが政治に期待しているだろうか。国民不在、国民無視の政治はもうたくさんである。

 早朝からあちこちで花火があがり、近所の小学校で運動会が実施されることを知らせていた。午前中は晴れ間もあり「ご同慶の至り」と思っていたのだが、午後から雨がちらつき始め、時に激しく窓を打つようなどしゃ降りになってしまった。せっかく実施された運動会も、これでは途中で中止になってしまったかも知れない。今夜は雷を伴って激しく降るとの天気予報。激しく降れば降ったで、それは嬉しい事態。なぜなら、ある程度大きな音を出してもご近所の迷惑にならないからだ。

 気がつけば、昨日は「彼岸の入り」だったのだ。『暑さ寒さも彼岸まで』と言われるが、どんなに照っても空気はもう秋の清々しい空気。
 そして日中がどんなに暑くても、夜になれば家の周りは秋の虫の大合唱。いつの間にか、日が暮れるのもずいぶんと早くなってきた。
 日一日と深くなっていく秋の風情を味わいたいものである。
 
2008年9月8日
 ついに日本相撲協会の北の湖理事長が辞任した。露鵬、白露山兄弟の大麻疑惑の責任をとって辞めた形だが、これまでの彼の言動を見る限り、どうにも「日本の国技」にふさわしい「潔さ」が窺えないもどかしさを感じていた。二人の力士も解雇処分になるという。スポーツでありながら、他のスポーツとは違う「日本文化」の担い手あるいは体現者としての自覚を、協会も各部屋も、そして力士一人一人も持つべきであろう。科学的な検査結果が出ているにもかかわらず、協会の処分が気に入らないからといって法的手段に訴えるかのような姿勢は、相撲という文化になじまない。
外国人力士であろうが日本人力士であろうが、日本の文化の担い手として力士を勤める以上は、そうした文化理解をベースとした「こころ」を持たなければ強さ以上の力を発揮することなどできないことを知って欲しいものである。


 いつも伴奏の編曲を頼まれる教え子から、新しくできた曲が届けられた。今日から早速アレンジにとりかかる。 
2008年9月4日
 私の住んでいる茨城県かすみがうら市の話題である。市の郷土資料館で現在、飯田吉英(よしふさ)に関する企画展が行われているという。何をした人か、と言えば、日本で初めてソーセージづくりを学び、全国に広めた人物だという。学芸員の説明に依れば、飯田氏がいなければ日本にここまでソーセージが広がらなかったのではないかというのだ。
 知りませんでした。現在の私たちの食生活に大きな影響を及ぼした、そんな偉業をなしとげた人が我が町の出身者だったなんて。
 国の畜産試験場の技師だった飯田氏は、日本の家庭に食肉加工品が十分に普及していなかった1918年(大正7年)、第一次大戦のドイツ人捕虜からドイツ式の12種類のソーセージづくりを学び、その後全国の食肉加工品業者を集めて講習会を開き、ソーセージづくりを広めたというのだ。すごい人ではないか。
 もっとも茨城県には、日本で初めてワイナリをつくり、本格的なワインの製造に取り組んだ神谷伝兵衛のような人もいる。牛久シャトーは、その名残であるが、どうやら我が茨城は後世の私たちが世に誇るべき先人をずいぶんと輩出していることをもっと認識してもよいような気がする。それも文化面で活躍した先人が多い。野口雨情、板谷波山、高木東六、吉田正、木村武山、小川芋銭、横瀬夜雨、長塚節、住井すゑ、など列挙するにいとまがないほどの多くの先人を輩出しているのだ。そうした先人を誇るだけでなく、創造の後を引き継いでいくこと、それを後世の茨城県人の誇りとしていきたいものである。
 
2008年9月2日
 学会誌の編集作業が完了し、無事入稿できた。
 テレビやラジオでは、昨日から引き続き福田首相辞任の動きを受けてこれからの政局がどうなるか、といった内容の報道がなされている。
 いわゆる「ねじれ国会」が福田首相を窮地に追い込んだ一因という見方もあるようだが、何が「ねじれ」なのだろう。衆議院も参議院も与党が大多数を占め、政府や与党の打ち出す政策や法案が、その多数を背景になしくずしに決まってしまうような、かつての安倍政権時の状況に比べれば、政治の状況としては「あるべき姿」に近いように思われる。決めることを急がず、じっくり議論を積み重ねて、望ましい結論が得られるようになることこそ、国民の望んでいることではないか。与党や政府が国民の多くの支持を得ているのならともかく、それすらはっきりしない状況の中で多くのものごとが安易に決められるような状況は、国民の望むところではないのだ。

 新しい携帯電話ではPCで作成した動画(WMV)を見ることができる、という。それなら、孫の写真を数枚使用し、WindowsMovieMakerで動画を作成し、携帯に入れて持ち運び楽しむことができるのではないか、と考えた。幸い、学会誌の編集も入稿も済み、時間的に余裕ができたので試してみた。これまでの失敗経験から、そう簡単にうまくいくはずがない、と考えていたが、案の定というか思った通りというか、予測に違わずというか、何度やってもうまくいかない。WMV形式で保存すればよいはずと多寡をくくっていたのだが、ビデオサイズやビットレートに問題があるのだろうか。
またしても心ときめく瞬間が訪れたようだ。今夜はもう遅いので、明日からまた『それができたから何だというのだ』と言われればそれまでの、空しくも楽しい時間を満喫?することにしよう。
2008年9月1日
 遅い時間になって、驚くべきニュースが飛び込んで来た。福田首相の辞任会見だ。『何のことか』といぶかしい気持ちを禁じ得ない。
 またもや安倍首相に続く政権の放り投げだ。辞任など考えるより、現政権がしようとしていることを国民に問い、国民から信を得て国会で正々堂々と議論できる環境づくりをすることがなすべきことではなかったか。
 これで国民はまたしても「政治に参加する機会」を奪われたことになる。八方ふさがりになってしまったことに嫌気がさし、『もうやめた』と投げ出してしまったのでは、お坊ちゃんだからと言われてもしかたあるまい。二人も続けてこのような腰抜け宰相をいただいてしまった国民は、
いったい誰のために国政をあずかっているのか、とその覚悟のなさ、志の低さに呆れる他はない。
 
2008年8月30日
 携帯電話のバッテリーがみるみる元気をなくしてしまった。
 使い方が激しいわけではない。いや、むしろほとんど使っていない状態といってよいほどなのに、どんどん弱ってしまったのだ。電話を1回かけただけ、それも決して長い電話ではない。というより充電したばかりだというのに、電話をかけようとしたらバッテリー切れの警告が表示されてしまったのだ。
 ひょっとすると充電が十分でなかったのかもしれないと思い、しっかり充電したつもりだったのだがツタヤで「半額クーポンの手続きを」と言われてi-modeにアクセスした途端に電源不足の警告。これはもう私のせいではない。バッテリーのせいだと確信が持てた。
 そこで、バッテリーだけを交換する手もあったのだが、思い切って新しい携帯に機種変更することにした。
 P906i、いわゆるVIERA携帯である。MusicPlayerはもちろんGPS、ワンセグ等々さまざまな機能を持っているが、とにかく画面が美しい。音も高品質。残念ながらFMトランスミッターは内蔵していないが、WMAにも対応しているので、携帯だけでも音楽が楽しめそうだ。
2008年8月29日
 台風のような大雨の音で目が覚めた。テレビをつけてみると数キロしか離れていない土浦では桜川が危険水位に達しているという。また、つくば市内では10台もの自動車が水没したという。さらに土浦では、プレハブの建物4棟が突風でとばされたという報道も。一方、ここかすみがうら市は雨こそ強いものの、そのような被害はどこにもない。ないどころか、雨も夜が明ける頃には小降りになって、世間の「記録的豪雨による被害」がうそのような静かさだ。ほんとうに、この町は天災とは無縁と思えるほどの平穏な町なのだ。世間に申し訳ないほどでもある。

 午後になって、川崎に住む娘から孫の写真が送られてきた。もう1週間ほどでまる8ヶ月。おすわりをして一人で遊んでいられるようになり、離乳食ももりもり食べるようになった。生まれて8ヶ月しか経たないのに、ぐんぐんと成長しできることも多くなった。目を見張るばかりの成長ぶりで、漸次下降曲線を辿る一方の老人からみれば、誠にうらやましい限りである。
2008年8月28日
 数日前から作業に取り組んでいた学会誌の編集が、今早朝ようやく片付いた。さほど難しい作業ではない(はずだった)。
 もうすでに校正の済んでいる数編の図版入りの論文を順番に並べ、ページ番号を割り振り、それに従って目次を作成し、作成済みの表紙等と組み合わせて冊子としての体裁を整えるだけの作業だからだ。
 しかし、Wordは侮りがたい強敵だった。どの論文も同じページ設定で作成しているにもかかわらず、それをつなぎあわせると1ページの行数や1行の文字数が予想もしない数字に変わってしまったり、2段組になっていたはずの論文が1段組に変わってしまったり、思いがけないことが多々生じ、一難去ってまた一難、壁の向こうにまた壁が、という状況の連続。
 おせっかいな機能が多い割に、日本語ワープロとしてはこなれていない部分が多すぎ、文書作成者の意図通りになりにくいことが多々あるということは「書くツール」としてはいかがなものか、と考えさせられた。
 ワープロは書くことを通して「考えるツール」ではあるが、「書いて思い通りにレイアウトする」表現のツールでもある。そのレイアウト編集が、マニュアルなど不要になるほどに直感的にできるようでなければ、道具としては不完全なものとしか思えない。
 ツール(道具)は本来マニュアルなど必要としないはずで、たちえばトンカチをマニュアル片手に扱う人や鉛筆をヘルプファイルを参照しながら使う人などおるまい。
 それにしても、この1週間は慌ただしかった。この最終原稿を印刷屋さんに入稿すると、ラッシュの1週間が終わる。と同時に子どもたちの夏休みも終わりである。早く涼しい季節を迎えたいものだ。 
2008年8月24日
 筑波大を会場にして行われた「体操ゼミナール」。筑波大の先生と大学近くでおちあい、大学内の会場へ。聞けば、このゼミナールは3日間の日程で行われ、今日が最終日。しかもその最終日程が私の講演だという。中には、所用で2日の研修には参加できなかったが、今日の最終日は私の講演を聴くために、遠く新潟から車を飛ばして参加して下さる大学の先生もいらっしゃるとのこと。プレッシャーがかかるではないか。そんな話をしながら、会場で機器のセッティングをする。会場となる教室には既設の液晶プロジェクタとスクリーン。壁面のコンセントと同じ場所に、液晶プロジェクタにPCを接続するための端子が埋め込まれている。新しい施設では、もうこうした状況なのだ。しかも、このプロジェクタの美しいこと。精細な画面で映し出されるパソコンの画面は、パワーポイントは言うに及ばす、音楽ソフトの五線や音符、パワーポイントに埋め込んだビデオの画像も美しく精緻だ。これなら、聴講する人々にもよく見えるに違いない。

 PCやPA、シンセサイザーなどすべての機器をセッティングし、いよいよ本番を迎えたが、何と言っても大学や短大で教鞭を執っている先生方を対象に「体操」に関しては門外漢の私が話すのだ。受け容れてもらえるかどうかはともかく、伝わるかどうかが心配された。
 タイトルは、【身体動作と音楽】。サブタイトルを【身体動作を引き出す音楽づくりの視点】とした。グレゴリオ聖歌の話や最近の脳科学の研究成果(なぜヒトは音楽を楽しいと感じるかなど)を引き合いに出し、音楽的な律動とヒトの自然な動作(身体の動きだけでなく心や考えの動きも含めて)とのかかわりについても論じつつ、自然に身体を動かしたくなる音楽づくりの視点について論じてみた。音楽の諸要素に手を加えることで音楽の表情が変わり、それにつれて身体反応も変化する、ということを具体的な音楽を通して感じとっていただこうとしたが、それはおおむね成功したようで、話の途中でも、音楽の試聴後も、そして講演終了後も思いがけないほどの拍手をいただいた。何というか「久々のヒット」を飛ばした打者のような心境である。うれしい気分で帰途に就いたが、帰宅してみると今朝までいた次女と孫がいない。
 いつ帰るか分からない私を待っていられないので、午後早く登戸の自宅に帰ったというのだ。何とがっかりである。

 しかし、講演が終わった安堵感と孫が帰ってしまった寂しさに浸っている余裕はない。この週末はラッシュなのだ。
 すぐに次の仕事(学会誌の最終的な編集)が待っているのだ。まぎらわすにも都合が良い。夕食後、早速にとりかかる。仕事があることは何とうれしくも気分を高揚させてくれることであろうか。
2008年8月23日
 「まつりつくば」のパレードが始まる直前になって雨がちらつく。雨が降っても多少のことなら心配のないよう、トラックの荷台に屋根をつけ、PAの機材が濡れないように手当をしたつもりだが、雨が強くなればそれでは心許ない。できるなら降らない状況でパレードをしたいものだ。と思っていたところ、幸いなことにパレードが動き出す頃には雨も上がってくれた。

 無事にパレードを終えた後、片付けなどをしているうちに次の会合の時間が迫ってきた。かつて勤めていた二の宮小学校の同僚の先生方と年に二回の集まりが今日の夕刻にあるのだ。大急ぎで帰宅し、シャワーなどをつかって土浦の会場へ。半年ぶりに会う面々。二次会にも誘われたのだが、明日のこともあるので失礼する。明日は筑波大で行われる「体操ゼミナール」で講演を頼まれているのだ。
 この週末はラッシュなのだ。
 とりたてて朝早いわけではないのだが、機材の準備もチェックしておかなければ落ち着いて寝られないではないか。
 
2008年8月21日
 日記をずっとほったらかしにしてしまった。とっくに始まった夏休みが半ばを過ぎ、お盆を過ぎ、もう8月も末。
 23日(土)は、「まつりつくば」。友人とつくった「TX音頭」を踊る会の人達が、その「まつりつくば」のパレードで踊ることになっている。
 昨年は参加できなかったが、私もトラックの荷台で歌うことになっている。今日はそのトラックの飾り付けのために友人のお寺に。昨年は初めてだったせいもあるが、何日もかかった飾り付けがたった一日で済んでしまった。何と言っても、飾り付けの多くの部品は昨年作成したものがそのまま使えるほどしっかりしているので、作業が早い。天気だけが心配。トラックにPA機材を積んでいるので、雨も心配だが、それ以上にお天気が良すぎて酷暑の中でパレードをするのは辛いからだ。できるなら雨の心配がない程度の曇りになってほしいものだ。


 私が所属するJEKS(日本電子キーボード学会)の電子オルガン研究部会の代表からメールが入る。学会会員を対象にアンケート調査をしたいという内容。それもネット上で回答を得られるよう、学会のホームページ上に質問紙を置きたいので、そのページの作成を、という旨のメールだ。質問紙も添付ファイルで送られてきている。ふだん使っている「ホームページ・ビルダー」でアンケートページの作成ができるはずだ。

 しかし始めてみて重大なことに気づかされた。
 このソフトの仕様では、一つの質問に対する回答として、選択肢から選択する回答と自由記述による回答を混在させることができないのだ。
 たとえば、ある質問に「YesやNo」で答える以外に「その他」という選択肢も設けられていて、「その他」を選んだ回答者はその内容を記述するといった質問項目を作成することはできない仕様になっているのだ。送られてきた質問紙の内容を見ると、そのように回答方法が混在する質問項目がいくつもあるではないか。
 そこで、そうした質問では、サブの質問項目を増やし、『前の質問で「その他」を選択された方は、その内容をご記入下さい』といった具合に自由記述で回答できる質問を作成することとした。
 さらに、このソフトでは途中までアンケート用紙を作成しておき、それを保存しておいて後から読み込んで作成・編集を続けるといったことができない。いったん作成を始めたら、最後まで(回答の方法とすべての選択肢の入力までを間違いなく)済ませなければならない。簡単な手順なのだが、何と緊張を強いられることか。久しぶりに疲れを感じた。
   
2008年6月14日
 東北地方、岩手県南部を震源とする大きな地震が起きた。ここ茨城でもユサユサとゆっくりした、しかし大きな揺れが感じられた。一瞬「めまい」がしたのかと勘違いしたのだが、すぐに地震だと気づいた。家人はちょうどテレビを観ており、緊急地震速報のテロップが流されたので身構えていたところ、直後に揺れがやってきたことから『すごい』と感心していた。
 それ以降は、どこのテレビ局でもこの地震に関する報道がなされ、今日は一日中テレビにくぎづけになってしまった。
 よほど大きなエネルギーが働いたのだろう。あちこちで道路が寸断され、土砂崩れで川がせきとめられ、あろうことか一関市厳美(げんび)町では山が広い範囲で陥没し、その間を縫うように走っていた道路がほんの所々だけ残っていて、「ここに道があったのか」とかろうじて分かる程度の崩壊ぶり。気象庁によれば、今後1週間ほどは震度6程度の余震のある可能性が高いとのこと。
 道路が寸断されてしまったために取り残されてしまった住民の方も多いようだが、自衛隊や警察のヘリで順次救出され、揺れが大きかった割には人的被害も少なくて済んでいるようだ。それにしてもこれ以上被害が大きくならないよう願うばかりだが、現時点で亡くなったとされる3名の方のご冥福、怪我を負われた100数十名の方の一日も早い回復をお祈りしたい。
2008年6月8日
 日曜日で賑わう秋葉原の歩行者天国で、理不尽な通り魔殺人が起きてしまった。秋葉原の歩行者天国と言えば、多くの人が一度は訪れ
たことがあるであろう馴染みの大通りで、今日も大勢の買い物客で通りは人の波で溢れかえっていたことであろう。
 その平和な賑わいを惨劇の場に変えてしまったのは、静岡在住の若者だという。
 『世の中が嫌になった。誰でもよかった』と逮捕された犯人は犯行について供述しているというが、「世の中が嫌になること」と何の罪もない
市民を死に追いやることの間にどういう関係があるというのだろうか。あまりの論理の飛躍に不可解さを禁じ得ない。このところ、こうした不可解な事件が頻発している。つい何ヶ月か前にも土浦市のJR荒川沖駅で無差別な犯行があったばかりだが、それ以外にも『なぜだ?』と思わ
ざるを得ないような事件が続発している日本である。短絡的で発作的な犯行という他はないが、こうした事件を耳にする度に「日本人はここま
で劣化し壊れてしまったのか」と嘆息を禁じ得ない。巻き込まれてしまった7人の犠牲者、怪我を負った10数人の方々は悔しい思いでいっぱ
いであろう。思いもしない突然の出来事で人生を断たれてしまった方々の無念の思いと「世の中に対する恨み」で何の関係もない人々を傷つ
け殺害するという犯行に及んだ犯人の心情を引き比べるとき、「そんなことのために生命を断たれてしまったのか」という無念さ・悔しさがなお
いっそう思いやられる。
 理由なき殺害・理由なき犯行と言っても過言ではないような、こうした理不尽な犯罪行為の連鎖が起きないこと、連鎖が断ち切られることを
願うばかりである。そしてこれ以上「日本人の崩壊」が進行しないために、何が必要なのかを真剣に考えるべきときなのではないかと強く思
わざるを得ない。
2008年5月30日
 高知県のある村の教育委員会で主任主事をされていらっしゃるOさんという方から、何週間か前にメールをいただいた。
 このホームページの校歌紹介欄に掲載しているいくつかの校歌をお聴きになり、それを参考にして村内の小学校の校歌を編曲なさっているとの内容だった。
 そのメールによれば、校歌を歌う機会のあるたびにピアノ伴奏で歌っているのだが、ぜひオケ伴が欲しいので音源の制作をと依頼を受けて編曲に着手されたとのこと。完成したら私にも曲のデータを送って下さるとのことだったのだが・・・。
 その編曲が完成した、とお知らせのメールが送信されてきた。早速聴かせていただいたが、すばらしい編曲に仕上がっている。この伴奏をプレゼントしてもらえた小学校とその小学校の児童はどんなに喜ぶことだろうか。以前にいただいたメールでは、この小学校は児童数が確か100人に満たない小さな学校ということだったと記憶しているが、この伴奏によって子どもたちは大きな喜びを感じ、誇らしげに、そして元気に歌ってくれることであろう。
 その様子が目に浮かぶようだ、とその主任主事の方に(編曲完成の)お祝いと(その編曲を聴かせてくださった)お礼のメールを送った所である。それにしても、遠く離れた日本全国の方とこのような交流ができるのもネットのおかげである。感謝!感謝!
2008年5月26日
 大相撲夏場所千秋楽の最後の一番。横綱同士の対戦で、朝青龍がもうすでに負けて手をついている白鵬に「ダメ押し」をし、それに反発を感じた白鵬が朝青龍を肩で押し返し、数秒間にらみ合うという考えられない事態が起きた。
 それを受けて、今日の横綱審議委員会では、横綱としてふさわしくない行為だとして白鵬に注意を与えるという処分を下したという。
『なぜ白鵬が?』と注意を受けなければならないのかというのが率直な感想だ。もともと朝青龍がダメ押しをしたことが原因なのではないか。
それを棚上げにし、「やられた」方の白鵬のみを処分する、というのはどうにも納得出来なかった。そんな折、毎日新聞の次のように伝える記事を見つけた。

 横綱審議委員会(横審)が、夏場所千秋楽で土俵上でにらみ合った朝青龍、白鵬の両横綱に品格を再認識するよう求めた。
 26日の横審は、北の湖理事長が白鵬の師匠、宮城野親方(元十両・金親)を呼んで注意した後で始まった。
 横審が、この「処分」に納得せず、北の湖理事長を寄り切った形だ。
 「私はダメ押しと見た。北の富士さんもダメ押しと言っていた」という内館牧子委員(脚本家)に、協会側は「相手がきちっと手をついているのを見ないと休めない。(朝青龍のダメ押しは)勝負の中での流れ」と説明。
 内館委員も「相撲を長年経験された協会側の言うことだから」と納得した。
 しかし、両者のにらみ合いは「白鵬だけ悪いと注意するのは納得できない」との意見が大勢。協会幹部からも「両方を注意すべき」との声が上がり、北の湖理事長も「きちんと注意しましょう」と受け入れたという。

 そもそも朝青龍の「ダメ押し」はいつものことではないか。そんなところから「美しくない勝ち方」という印象を強く受けることが多く、品格のなさという評価もそうしたことも一因としてあったのではなかったか。
 そうであるにもかかわらず、そして誰がどう見てもあの「ダメ押し」は「勝負の流れ」という説明では納得のいかない「余計な動き」でしかないはずだ。
 それを不問に付すかのような協会の姿勢に疑問を持つ人は多いはず。横審で大勢を占めたという意見には大いに賛成だ。
 しかしそれにしてもなぜ協会は(というよりも北の湖理事長なのだろうか)、これほどまでに朝青龍に手厚いのか。ひょっとすると傍からは見えない、何か大きな力でも働いているのかと勘ぐりたくなるような不可思議な朝青龍への対し方のように思われてならない。
協会こそ「しっかりとした視座」に立って相撲界をまとめていけるようにならなければならないのではないか。
2008年5月25日
 大相撲は昨日14日目千秋楽を待たず、琴欧洲の優勝が決まった。大関になるまでは順風満帆。トントン拍子で番付をかけあがってきたのに、大関になったとたん強さが影をひそめてしまっていた琴欧洲。彼がとうとう優勝したのだ。桟敷では遠くブルガリアから観戦に来たお父さんが応援していた。そのお父さんの前で初優勝。しかもヨーロッパ出身の力士としても初めての賜杯だという。喜びも感激もひとしおであろう。
 何と言っても、この数年間はヒザの怪我もあって、自信を失い欠けていたようにも見えた。聞けば今場所はカド番だったというではないか。
 その崖っぷちに立たされての「復活」とも言える優勝である。見事という他はない。
2008年5月19日
 昨日の大相撲でとてもすばらしい取り組みを見た。安馬と若ノ鵬の取り組みである。立ち会いからすばらしい寄りを見せて若ノ鵬が土俵際に安馬を追いつめた。体の大きな若ノ鵬が体格では劣る安馬をそのまま寄り切るかと思われたのだが、身体を大きく反り返らせて安馬が「うっちゃり」で逆転勝ち。若ノ鵬を裏返すようにして投げを打った安馬の粘りと腰の強さをには驚かせられた。すばらしい逆転勝ちだが、身体が大きければ有利であることには決してならない、という証の典型のような相撲であった。

 朝青龍も初日の1敗後勝ち続けてはいる。しかし、どうしてこの人の相撲は勝っても美しくないのだろう。
 今日の安馬の勝利の見事さや白鵬の腰の据わった勝ちっぷりと好対照に、この人の相撲は品のなさで際だっている。『いいものを見せてもらった』思えないのが残念だ。
2008年5月17日
 新緑の鮮やかな季節を迎え、どこの田んぼもすっかり田植えが終わり、初夏らしい風を肌で感じながら散歩が出来るようになった。
 よく散歩をする道に「すかんぽ」がたくさん生えている場所があるのだが、ちょっと気になることがある。
 「すかんぽ」は「〜土手のすかんぽ ジャワ更紗〜」と歌った、あの「すかんぽ」だ。昔、子どもだった頃は、このすかんぽの茎を折りとってはかじったりすすったりして、その甘酸っぱい汁をおやつがわりにしたものだった。
 道端の野草を食べるなんて、などと驚いてはいけない。セリだって野草だし、草餅の材料のヨモギだって野草なのだ。野蒜だってよく洗って味噌をつけて食べればすこぶるおいしいおかずになる。子どもの頃にはザリガニだって食べた。アカガエルに至ってはご馳走だった。(ザリガニやアカガエルは野草じゃないことはわかっている。当然のことだ)
 それはさておき、すかんぽの件だ。よく見ると、私たちが子どもの頃に見たすかんぽとどこか違うのだ。昔のすかんぽはもっと茎が太くて柔らかく、子どもの手でも簡単に手折ることができたと記憶しているのだが、いま良く見かけるそれは茎が細く硬く、しかも野放図と思えるほど丈が伸びている。
 ひょっとすると、すかんぽと見間違えているが本当はまったく別の植物なのかも知れないし、あるいは土着のすかんぽを駆逐してしまった外来種なのかも知れない。詳しくご存知の方はいないだろうか。
 畦道や空き地にたくさん生えていたすかんぽを手折りながら「土手のすかんぽ ジャワ更紗〜」と歌い遊んだ昔を懐かしむ一方で、「あなたは本当にすかんぽなの?」と目の前の「すかんぽらしき植物」に疑問を抱いている老人の私である。
2008年5月16日
 中国四川省で起きた大地震。被害の大きさが毎日のように報道されている。日本から救助隊が現地に派遣され、今日から救助作業にかかったと先ほどのニュースが伝えていた。
 被災地の映像から察するに、助かった人々もこれから衛生面などで心配な状況が続くのではないだろうか。伝染病などが懸念されるが、それはサイクロン被害を受けたミャンマーも同じこと。
 こうした被害を受け、大きな心配をかかえながら中国では五輪の聖火リレーが中断されることなく行われ、ミャンマーでは10日の国民投票が予定変更もなく平然と実施された。一般市民を置き去りにした政(まつりごと)という印象を払拭できない事態がアジアで次々と起きているように見受けられる。
 そしてそれは日本でも同様で、ガソリン税の暫定税率問題、道路特定財源見直しの問題、後期高齢者医療費の問題、年金問題等々、どれをとっても国民無視の与野党の駆け引き議論ばかりで、デモや暴動が起きないのが不思議なほどの混乱ぶり。
 生活に直接ひびくこうした事態が引き起こされても平穏な日本にあっては、学校教育がなしくずしに右傾化の方向に後退させられた程度では大きな反対運動など起こらないのも不思議ではない。
 しかし、だからといって官僚や政治家が自分たちの都合の良いように国の舵取りをして良いということにはならないはずだ。アジアで、そして世界で「あってはならない事態」がじわじわと起きているような気がしてならない。
2008年5月6日
 このゴールデンウィークは天候に恵まれなかったが、最後の日の今日はすばらしい快晴。いかにも初夏らしい、しかも湿度の低い爽やかなお天気になった。
 霞ヶ浦に帆引き舟が出ているかも知れない、と聞いたので出かけてみたが残念。歩崎から眺めても一艘も舟の姿は見えない。
出船する時間帯をはずれていたのかも知れない。
 それでは、と近くの資料館に行ってみると「琴の演奏と野点」をしているという案内表示がある。お城で聴く琴の演奏なんてよいではないか、と覗いてみると琴は琴でも大正琴。しかし、ベースやテナーも含まれた4声体の立派な合奏である。涼しい風に吹かれながらしばし演奏を楽しんできた。
2008年4月28日
 明日は4月29日。私たち夫婦の36回目の結婚記念日である。かつては天皇誕生日、現在は昭和の日として日本全国民がお休みをしてお祝いをする祝日。この日に結婚したことを今更ながら「よかった」と感じている。どんなことがあっても忘れようがないではないか。

 さて、その祝日に今年はコンサートを催すことにした。
 といってもどこかのホールで大々的にやろうというのではない。友人が住職を勤めるお寺の本堂で、地域の方々や檀家の方々に聴いていただくミニコンサートである。題して「ミニコンサート イン 禅寺」。
 これまでに私が編曲をし、DTMでつくりためてきた伴奏に合わせて楽器を演奏したり、歌を歌ったりして聴いていただこうという趣向だ。
曲のジャンルもさまざま。「G線上のアリア」や「アルビノーニのアダージョ」などのクラッシックから「ムーンリバー」「ストレンジャーズ イン ザ ナイト」などの懐かしいポップス、「エデンの東」などの昔の映画音楽など、ゆったりした気分で春の午後のひとときを音楽で楽しもうというもの。座布団にすわってお香の香りを味わいながら、ときおり聞こえる鶯の声もBGMに、愉しんでいただければと考えている。
2008年4月26日
 1月に誕生した初孫が生後110日を迎え、今日はめでたく「お食い初め」。
 先方のご両親も遠路はるばる京都から登戸まで駆けつけてくださり、お祝いをすることができた。
 それにしても、今は写真のような「お食い初めのセット」が準備されているのに驚いた。
 お赤飯やお吸い物、尾頭付きの鯛などをお膳付きのセットで過不足なく購入できるという。
至れり尽くせりである。
 それで驚いていてはいけない。これから離乳食に移行するわけだが、その離乳食を調理するための道具やら、離乳食の食器セットまで揃って市販されているのだ。もうすっかり一人前の食事が摂れそうな道具揃えである。我が家の子どもたちが育った頃と隔世の感がある。早くこれで食事をする光景が見たいものだ。
何にしても、健やかな成長を願うばかりである。
2008年4月13日
 長女が所属するオーケストラの定演が「府中の森芸術劇場」で行われた。
 毎年の春・秋に行われるこの定演は私たち夫婦の楽しみの一つ。このホールは何と言っても響きが心地よいので大好きなのだ。
 今回のプログラムは「後宮よりの誘拐序曲」、交響曲「ハフナー」とモーツアルトが続き、メインがベートーベンの交響曲「田園」。
 とても楽しく聴けたのだが、どうもいつものこのオケの響きではない。というよりも、弦のハモリが思わしくない。コンマスが変わったせいだろうか。ところどころでハーモニーに違和感があり、ヒヤッとさせられたが、プログラムも後半を過ぎたあたり、「田園」の第三楽章あたりからその違和感が徐々に消えていく。納得いくハーモニーで鳴っているのだ。よかった、よかったと胸をなでおろす。
 アンコールは、ヨハンシュトラウスの「アンネン ポルカ」。美しい歌い方で鳴っている。これは秀逸。大絶賛である。
 余韻を味わいながら会場を後にする。もちろんステージを降りてきた娘と簡単な挨拶をしてのこと。
 久しぶりに会った娘は、勤務先で主任に昇格し忙しさにいっそう拍車がかかっていると言う。心なしかもともとスリムな身体がいっそう細さを増したようにも思われる。仕事で活躍する娘の存在は嬉しいのだが、くれぐれもそれ以上痩せないようにと願う「身勝手な親」である。
2008年3月9日
 ヤマハの製品でずっと気になっていた楽器がある。ヴィオリラという楽器だ。一見「大正琴」のようだが、この楽器は弓で弾いて音を出したり、ピックや指ではじいて音を出したり、スティックで叩いて音を出したり出来る。
 ヴィオール属の奏法とリラの奏法、どちらでも演奏可能ということから「ヴィオリラ」と命名されたもののようだ。
 大正琴と同じように指鍵盤を押さえることで音程をコントロールするので、ヴァイオリンなどの弦楽器よりはずっと演奏がし易そうだ。しかも、その指鍵盤を左右にゆすることでビブラートも表現できるという。
 大学院時代にヴァイオリンの講座を受講し、ずいぶん頑張ったにもかかわらず、ビブラートで挫折し弦楽器の難しさをつくづく思い知らされた経験があるが、これなら私にもできそうな気がした。
 先日ようやく手に入れることができたので、60の手習いで挑戦中である。
2008年3月4日
 産後8週間を経過したので、孫が川崎に帰ってしまった。一昨日のことである。残された写真を眺めて「今頃どうしているか」と心配をしているお祖父さんの私。我ながら自分のじじバカぶりにあきれるばかりである。

 ところで、昨日おもしろい話を聞いた。古老の言をTVが取り上げていたのである。
 『人生は、笑って楽しい気分でいるときの方が多い。くよくよせずに幸せな気持ちで過ごせ』というものだ。
 そのこころは、『ハハハと笑って過ごすのは(8×8=64)。しくしくと悲しく過ごすのは(4×9=36)。合計すると丁度100。「しく」より「ハハ」の方が多いではないか。しかも64%も楽しい時間があるのだ』というもの。何とうまく考えられた話ではないか。古老の知恵に不思議と納得させられ、多少は勇気づけられる思いがする。

 それはさておき、福田内閣の支持率が低迷しているとニュースが報道していた。考えるに誰が内閣を担当しようが支持率は高くはなるまい。低迷しているのは「内閣の支持率」などではなく、政治そのものへの信頼感なのだ。政治家も官僚も自己の保身と利己に傾き、国のため・国民のために何をなすべきかを念頭に置いているとは思えないことをいやと言うほど知ってしまった国民が、政治離れをしているといったのが実情なのではないか。

 海上自衛隊のイージス艦衝突事故とそれに伴う一連の情報隠しともとれる動きも、そうしたことと無関係ではないはずだ。
何かことが起これば、軍や政治の前では国民を犠牲にしたり置き去りにしたりすることに痛みを感じない、ということについてはつい60数年前に日本人は経験済みである。
今や民主主義の世の中だから表だっては言えないものの、そうした気分が奥底で疼いているからこそ「教育を受けるべき存在」として国民をとらえる視座から教育基本法もつくりかえられ、指導要領も改訂されようとしているのだ。
 そんな気分が支配的でおおっぴらに語られるような日本になってしまってはいけない、と孫の写真を見ながらつくづくと考えている。
2008年2月10日
 すごいソフトがあることを知った。今日付の新聞に日曜版としてついてくる記事にあったことから知ったのだが、どんなものか試してみたいとダウンロードしてみた。(シェアウェアなのだが、正式版を14日間無料で試用することができるのだ)
 そのソフトの名称は「超驚録」(テクノクラフト
 http://www.technocraft.co.jp/av/index.html)。
 パソコンが発する音であれば、どんな音でもマイクやラインを通さず録音することができ、wavファイルやmp3ファイルとして保存することができるのだ。しかもエフェクタまで内蔵している。
 これまでMIDIデータをwavファイルとして録音することができなかったわけではないが、音楽ソフトによっては使用する音源に制限があったりするため、いったんラインで外部の録音機器に接続して再生・録音し、録音したものを再生してパソコンに取り込むという二度手間をかけていたのだ。しかしこのソフトを使えば、それを外部機器を通さずに、そのソフトで通常使用しているMIDI音源の音で忠実にwav録音できるのだ。
これはすごい。
 実際試してみてそれが嘘ではないことがわかった。
 しかもCDからであろうが、ネットからダウンロードした音楽であろうが、スカイプなど電話の音声であろうが、とにかくパソコンが発する音であれば何でも録音できるというところが便利。
 これはシェアウェア料金を払ってキーナンバーを入手すべきだと考えている。
2008年2月1日
 早いもので、今日から2月。日没時間も日を追う毎に遅くなり、気がつけば夕方5時を過ぎてもまだ薄明るい。随分と日が伸びたものだ。
 これだからうかうかしてはいられない。1年なんてあっという間に過ぎてしまう道理だ。

 我が家の孫は、もうすぐ生後1ヶ月を迎える。新生児ではなくなるのだ。ずいぶんとお乳を飲む量も増え、生まれた当時から比べると体重も増した気がする。
 ところで、先日のこと。むずかるので、どうしたものかと思い「ものは試し」と音楽を聴かせようとFMラジオをかけてみた。
 うまい具合にモーツアルトの演奏が流れている。すると不思議なことに、今までむずかっていた孫が静かになってしまったではないか。それ以来、むずかった時にはモーツアルトのCDを流すことにした。交響曲でもオペラの序曲でも、ピアノ協奏曲でも何を聴いても「静かになり、ごきげんになる」反応を示す。レクイエムだってお気に入りのようだ。
 他の作曲家の作品を聴かせていないので何とも言えないが、恐るべきモーツアルト効果だ。
 病院の新生児室でも試してみたい気がするほどである。
2008年1月30日
 27日(日)に行われた大阪国際女子マラソン。テレビで途中観戦した。「そうだ、女子マラソンをやっているんだった」と思い出してチャンネルを切り替えたところ、福士加代子は30km手前で独走態勢。2位グループを大きく引き離して快走している様子を見て「このままゴールに走り込むのだろう」とたかをくくり、夕方のニュースでは福士選手優勝の報道が大々的になされるのだろうと予想をし、テレビの電源を切ってしまった。決して彼女を応援しているわけではない。むしろ、あの脳天気とも思える調子の良さにうんざりしている方なのだ。

 ところが、である。驚いたことに夕方のニュースでは、35km過ぎて疲労の極みに達した彼女が何度も転倒しながら、ようやくゴールにたどり着く様子が何度も放映されており、何が起きたのかといぶかしく思ったものである。
 後で詳しい情報を知って、さらに驚いた。
 他のマラソン選手は数ヶ月前から大会に向けて着々と準備をするというのに、彼女はほんの1ヶ月前から準備を、すなわち練習を始めたばかりというではないか。しかももっと驚くことに(というかあきれたことに)、走り込んだのは30kmほどの距離で、30kmを超える距離を走るのは当日が初めてだとか。そのために脱水症状を起こしてしまったとか。
 マラソンという過酷な競技を(卑近な言い方ではあるが)「ナメテいる、甘く見ている」としか言いようがない。
 いくら5000メートルやハーフマラソンの日本記録を持っているとは言え、マラソンとは次元が異なるということについての認識に欠けていたとしか思えない。
 ゴールの長居陸上競技場では、もつれる足を引きずりながらも最後まで走り抜こうとする彼女の様子に大勢の観客が感動し、惜しみない拍手を送ったということであるが、「そんなことで感動するの?」と不思議でならない。
それよりも彼女のレースに対する認識や構えに見える「甘さ」は、他のマラソンに対して真摯に取り組んでいる選手に失礼なのではないか、と素人なりの感想を禁じ得なかったのである。

 一方、大相撲では横綱「白鵬」が見事に朝青龍を上手投げで下し、3連覇をなしとげた。すばらしいではないか。
 夏の巡業から一人横綱として相撲界を牽引し、がんばってきたからには、休場明けの横綱に優勝させるわけにはいかないと気力を奮い起こしてがんばった、というその言葉通り、相星決戦となった千秋楽結びの一番は両者に大拍手を送りたいほどのすばらしい力の入った大相撲。こういうフェアなぶつかり合いに出会うことこそスポーツ観戦の醍醐味だが、やはりがんばってきたと認める人が勝てば、それは素直に嬉しいものである。
 「真摯にがんばらずには勝てないし、ほんとうの意味で人の心には響かない」ということを教えてくれた日曜日の「スポーツであった。
2008年1月26日
 簡易型のテルミンのキットを入手。工作してみた。
 学習研究社の「大人の科学」で話題になったミニテルミンだ。
 工作は至極簡単。ドライバー1本あれば誰でも組み立てることが出来、工作に要する時間もわずか15〜6分というところか。
 しかし、それからのチューニングが手強い。昨晩キットの組み立てが完成してから、何度か挑戦しているのだが、思わしい結果は出ていない。もう少し粘ってみる必要がありそうだ。

 閑話休題、メインで使用しているPCの処理速度が遅い。これだからWindowsは困る。しかし「困る」とばかりも言ってはいられないので、メモリを増設することにした。512MBだったものを2GBに増設。
考えれば、これまで512MBで使ってきた方も悪いのかも知れない。
 メモリを増設した効果はテキメンである。私の仕事の速さ?にようやくパソコンが追いついてくれた。
 これでまたしばらくパソコンを責めずにXPを活用することができる。
2008年1月16日
 週末からずっと体調が悪い。食欲がない。腹痛や熱はないのだが、下痢と吐き気に悩まされ4日間ろくに食事も摂れない。
 かてて加えてメインのPCの調子も悪い。どうしてPCはこんなときに限って不具合を起こすのだろうか。
 まるで計画されたことであるかのように、こういうタイミングをねらって不具合の神様が降臨するのだ。
 昨晩はこの不具合を何とかしようとおもってPCの前に坐りはしたが、椅子に座っているのも辛い。身体が横になることを欲求している。生あくびがやたらと出る。どうにも気分が優れないので、横になろうと立ち上がったらひどい吐き気。家人に頼んで急いで布団を敷いてもらい、今朝まで死んだように眠ってしまった。
 そのおかげか、今日はいくらか気分が良い。病院に行く気にもなれたので、かかりつけのお医者さんの処へ出かけた。
 どうやら「ウィルス性何とか」で腸に変調をきたしているとのこと。気もそぞろで「何とか」の部分を聞きそこねてしまったが、そうした変調はよくあることらしい。即座に「点滴を打ちましょう」との診断。40〜50分かけて点滴を受ける。飲み薬も3種類、3日分出たが、点滴のおかげかこれまでとは気分が全然違う。3日も薬を飲まなくても体調がもとに戻るかも知れない。
 こんなことなら、もっと早く点滴を受けていればよかった。
 不快な気分に苦しめられたこの4日間が悔やまれる。
 それにしても、その「ウィルス性何とか」が生まれたばかりの孫にうつらなくてよかった。ひょっとすると伝染性のものではなかったのかも知れないが、それでもホッと胸をなでおろしているところである。
それでもまだ「めでたしめでたし」というわけではない。PCの調子は依然として悪いままだからである。
2008年1月12日
 今日は、先日生まれた我が家の初孫の「お七夜」。
 神棚に命名紙を上げ、お灯明をたいて祀った。
 本来であれば、この日が正式に命名をする日で、名付け親を招いて祝いの宴を催すところなのだろうが、名付け親は私であるし、女児と判った段階で生まれる前に早々と名前を決めてしまった関係で、形ばかりの「お七夜」ということになってしまった。
 それにしても、命名紙は今やインクジェットプリンタ対応。販売元にアクセスすると、ワードや一太郎のフォーマットに対応したテンプレートがダウンロード用に準備されていて、そこに文字を入力すれば完成。娘たちが誕生した頃とは隔世の感がある。
 ついでのことに赤ん坊の顔写真まで貼り付けた命名紙としてみた。
 これはお宮参りが済むまで神棚に飾っておくものだそうだ。まだ先の話なのに、お宮参りはどこにしようかと家内と物色中の初孫べったりのおじいさんである。
 今日は初めて沐浴をさせた。娘達も二人とも私が沐浴担当だったが、孫にもそれができるとは嬉しい限りである。
 「親バカ」という言葉はよく聞くが、「祖父バカ」という言葉もあるのだろうか。まるちゃんちの「ともぞう」にならないように気を付けていたいものではあるが・・。自信はない。
2008年1月9日
 この数日間、生まれたばかりの初孫を撮った写真やビデオの整理に余念がない。
 娘の嫁ぎ先のご実家は京都。遠くにお住まいのご家族にアルバムを作ってお渡ししよう、それもデジタル・アルバムなら必要に応じてプリントアウトしていただけるだろうと思い、簡単なアルバム作成ソフトを探してみた。

 そうしたところ、フリーのソフトで操作も至極簡単なものを見つけることができた。
 「簡単の夢 デジバム6」というソフトである。
 写真ばかりでなく、ビデオデータもアルバムに挿入できる(もちろん動画のままで)。しかも自作のBGMも挿入できるし、アルバムのタイトルや1枚1枚の写真につけるコメントも任意のフォントで挿入できる。

 このような便利なソフトがフリーで手に入るのかと感心していたら、何とこのソフトは作成したアルバムをCDにおさめることもできることに気がついた。しかもアルバムを収めたCDをコンピュータのドライブに挿入すると、自動的にタイトル画面も含めてスライドショーが実行される。つまりプレーヤーも含めて自動起動するCDとして作成・配布することができるのだ。
 これなら、このCDを受け取った人に何の負担もかけずに見てもらえるだろう。
 すごい!と感心しきり。

 どうせならとBGMは自作の「子守歌」にすることにした。初孫の産声を録音し、そのWAVデータと新たに作ったオルゴールの演奏によるメロディーを重ねて「子守歌」とし、それをMP3に変換してスライドショーのBGMにしてみた。
 扱えるファイル形式は、MIDI、WAV、MP3の3種類だが、MIDIは音源によって忠実な再生が保障できないし、WAVではデータ容量が大きすぎるので、ここではMP3で我慢することにした。
 それはともかく、誠に扱いやすい「簡単の夢」を実現したソフトなのだ。これはお薦めである。
 ※いま気がついたのだが、これは「邯鄲の夢」にひっかけたネーミングのようである。アルバムにおさめた自分たちの生活の足跡も、振り返っ  てみれば一瞬の夢のようなできごとである、ということをいわんとしているのであろうか。ブラックユーモアにも似たネーミングではある。

 そんなわけで、初孫が退院し、お七夜での命名などを済ませたら、その際に撮った写真やビデオも含めて、このアルバム作成ソフトでアルバムを作り、CDにおさめて京都のご実家に送ることにしようと目論んでいるところである。
2008年1月5日
 早朝午前0時25分、娘が女の子を出産。
 予定日は23日だったのだが少し早まり、昨日の朝から陣痛が始まり入院していたのだ。
 真夜中の出産だったが、母子ともに元気な様子で安心。
 女児ということがわかった数ヶ月前にはもう名前を決めていたが、名付け親は私。
 名前は「斎生」。「斎」は「いつき」と読み、もともと「潔斎して神に仕えること、またはその人」を意味する。
 源氏物語でおなじみの「斎宮、斎王(いつきのみや、いつきのみこ)」は
天皇の代わりに伊勢神宮に仕えた皇女のことだが、そうした「いつき」から名付けられたものである。
 また「いつく」という動詞には本来「
心身を清めて神に仕える」ことや「敬って大切に世話をする、大事に守り育てる」という意味を持つことから「いつくしむ」に通じる文字なのだ。
 さらに「斎」は「いわう」とも読み、「めでたいことをことほぐ、祝福する」という意味も持つ。
 そればかりではなく、この「いわう」という読みにも「大切にする、かしづく」「神の力を借りて守る」という意味があるらしい。

 そうした諸々の意味を持つ「斎」の一字をもって、愛情を豊かに受けて自らも身を慎んでまわりを明るくできるような子として心身共に健やかに育つようにという願いをこめた名前にしようと思ったのだ。
 さらに私の娘は二人とも「生」の一字を持つことから、同じように「斎生」とし「いつき」と読ませることとしたのだ。(これは娘のアイディア)
 ともかくも我が家にとっても、娘の嫁ぎ先にとっても「めでたい初孫」である。無事にすくすくと成長できるよう「大事に守り育て」ていきたいものである。
2007年12月31日
 大晦日である。数日前から手がけていた我が家の外階段のペンキ塗り。昨日、一昨日と天候が思わしくなく、作業が中断しており、今年中に終えることが出来るかどうか心配だったが、今日は快晴。朝から作業に取りかかることができ、午前中にすべての塗装を終えることが出来た。
これでスッキリした気分で新年を迎えることが出来る。
 昨日は雨天のため、外の作業が出来なかったが、そのかわり以前から気になっていたお風呂の壁の塗装をした。
 この年末はペンキ塗りに精を出し、何となし塗装の腕を上げることができたような気もする。まさに自画自賛の爺さんである。

 ところで、今は紅白歌合戦の最中。11時頃には、友人が住職をつとめるつくば市の覚王寺に臨月を迎えた娘夫婦を伴って出向き、安産祈願も兼ねた除夜の鐘撞きを、と考えている。今年も残すところ3時間半。
我が家にとっては新しい家族が増える喜ばしい年になりそうだが、社会全体も「欺」や「偽」に満ちた今年のような風潮を脱して、喜ばしいことの多い年になることを望むばかりである。
2007年12月28日
 この10年以上眠らせていた古い楽器を起こしてみた。
 あるイベントで、この楽器を使ってみようと思い立ったことから、押入の中にしまい込んでいたこの楽器を取り出してみたのだ。
 楽器の名称は「EW20」。YAMAHAが学校用に開発したウィンド・シンセである。
名称の「EW」は「Electoronic Woodwind」の略。 リコーダーの運指ができる児童なら誰でも、リコーダーの奏法でさまざまな管楽器の音色による演奏を体験することができる。
オーボエであれ尺八であれ、トランペットやチューバでも、付属の音源で音色を選択すれば、その音色で演奏に参加することができるのだ。
 しかも何と言っても、自分の「息で」演奏をコントロールできるので、自分が演奏しているという実感が持てる。
 当時の開発担当者に『これは活用されるはず。導入しようという学校は多いのでは?』と推測を伝えたのだが、予想に反してそれほど普及せずに今に至っているという何とも惜しい楽器である。
 もうずいぶん前の楽器なので「ひょっとしたら長い間の睡眠であちこちに不具合が生じていて使えないのではないか」と心配しながら梱包を解き、おそるおそる電源をON。ヘッドフォンをつないで吹いてみたら、何の支障もなく演奏できるではないか。しかも古い楽器にもかかわらず、なかなかの音質だ。ちょっとこもって聴こえるのは、どうやらヘッドフォンのせいのようで、ステレオのAUX入力につないでみると予想外の「いい音」。
 これを使わない手はない。蔵の中から望外の「お宝」を見つけたような(そんな経験は未だかつてないのだが)ちょっと得した気分である。

 この何日か、我が家の2階勝手口に通じる鉄製の外階段のペンキ塗りに精を出している。
 20年以上放ったらかしにしておいて気づかずにいたのだが、あちこち錆ができ、数ヶ所の腐食部分も見つかり、危険この上ないことに穴まで空いてしまっている接合部分もある。近所の大工さんにお願いしたところ、鉄骨屋さんがすべて修理してくれたが、ペンキだけは自分で塗ると宣言してしまったのだ。
 何とか年内にすべての部分を塗りおえたいと思ったのだが、手の届かない柱や桟の陰の部分、高い部分の鉄板など、予想外に手間取る箇所が多く、時間ばかりかかっている。
それでも徐々に鉄骨が衣替えをし、ツヤのあるきれいなペンキで塗った部分が広がってきた。
 もう一息である。
 だが、どうやら今晩から明日の午前中にかけて雨の予報。 続きの作業は、30日と31日になるかも知れない。それでもあと2日あれば全部の作業は終えるだろう。
 待っていろよ、外階段。いまにすっかりきれいにお化粧してやるぞ。

2007年12月23日
 今日は朝から雨。午後からは天気が回復し、午前中の雨降りが嘘のような好天。 そんなわけで午後からは気晴らしの散歩を楽しむ。
 薬害肝炎訴訟で、福田首相が、原告の求める一律救済に応じるため、救済策を盛り込んだ法案を議員立法で国会に提出すると発表。 野党の協力も得て、「可及的速やかに」立法に努めるとのこと。喜ばしいことだ。
 気分が晴れたところで、前からしようと思っていた「アルビノーニのアダージョ」の編曲に取りかかる。
 このじわじわと訴えかけるような「嘆きに満ちたメロディー」がときに懐かしくなるのだ。
 並行してまったく気分の異なるジャズの名曲「国境の南(South of border)」も編曲しようと思い立って楽譜を探し回ったのだが、本棚の中に 見つからない。誰かに貸してしまったのだろうか。
 あると思ったものが見つからない、という傾向がこの数年頻度を増している。 歳のせいか?
 そこで俳句を一つ。
  よたよたと60歳にたどりつき
 もう一つ。
  おろおろと迷うばかりの折り返し
2007年12月22日

 今日は「冬至」。夕食には毎年のことであるが、カボチャを食す。また、今晩のお風呂はゆず湯。
 これからは日一日と昼の長さが長くなっていく。明るい気分になれそうな、ちょっと嬉しい日ではある。
 ところで、今日は1808年にベートーベンが自身で指揮をし「交響曲第5番ハ短調(運命)」をウィーン劇場で初演した日だそうである。
 また、プッチーニが1858年の今日、誕生しているとのこと。
 音楽に縁の深い日のようだが、別の情報ではわが国初の内閣、伊藤博文内閣が1885年に成立した日でもある。
 こんな年の押し詰まったときでも、内閣を成立させたのか、と妙な感心をさせられた日でもある。

 
2007年12月20日
 週に一度、土曜日に茨城県県南地域全戸に無料で配布される「常陽リビング」という地元情報紙がある。
 この新聞の一面に私の記事を掲載したいと申し出があり、先週と今週の二度にわたって取材を受けた。
 音楽教育や学校教育についての研究内容や私の電子楽器とのかかわり、さらには研究と並行して行っている音楽づくりの手伝いの活動などについて話をしたが、それらがきちんと伝わったかどうか、私のしたまとまりのない話が記事になるものかどうかすこぶる不安ではある。
 ともかくも、掲載されるのは年明けの1月12日号だという。
 一面ということになれば、多くの目にとまることは間違いがない。
 恥ずかしいという思いも交錯して複雑な心持ちではある。
2007年12月18日
 かつての教え子が還暦祝いの席を設けてくれるという。 彼女の作詞・作曲をした曲の伴奏をアレンジし、提供した関係で、ここ数年行き来が復活した30年前の教え子である。 その祝いの会は、彼女が経営するホテルのレストランでということなので、家内と連れだって出かけた。
 この数年、同じようにアレンジで作曲の手伝いをすることができているかつての同僚(現住職)が彼女と相談の上で、 この席を設けてくれたということで、ご夫婦揃っておいでになった。
 つまり、音楽づくりを通してさらに親交を深めることのできた「音楽仲間」による祝いの席だ。 ありがたいことである。
 そこでは、会の間中、彼女の新しくつくったCD(何とこの半年で矢継ぎ早に作曲した10曲がおさめられている)が流れている。
 このCDにおさめられた曲のすべての伴奏を私が編曲したのだ。
 今夜の会は、そのお披露目も兼ねている。 また、かつての同僚も昨日が誕生日だったということで、それも兼ねてお祝いすることもできた。
 ともかくもいろいろなことが重なった楽しい会で、こうした席を設けて下さったお二人に感謝・感謝である。
2007年12月10日
 昨日は家内が主宰するピアノ教室の発表会が行われ、無事終了することができた。 ご家族も皆さんおいでになり、中には3世代で参加して下さるご家族もあり、和やかで楽しい発表会になった。
 今日は、その発表会の録音を編集し、CDにまとめる作業や記録写真を手直しする作業に追われた。 CDや写真を生徒さん達に配るためだ。
 それにしても、録音に使用したZOOMのHandyRecorder“H2”の録音性能のよさに改めて驚いた。
 潜在ノイズなどはほとんどなく、すこぶるクリアな音質で録音できている。 しかも録音データはSDカードにWAVファイルとして保存されているため、音量をブーストするとか、各演奏の開始・ 終了のフェードイン・フェードアウトを設定するなどの編集作業は、SDカードをPCに直接読み込んでPCで行えるなど、 スムーズに進めることができるので使い勝手が良い。
 すべての演奏データを編集し、演奏順に並べ替えて1枚のCDにおさめるのに2時間もかからなかった。
 これは使える、と改めて実感した。
2007年12月6日
 OECDの国際学習到達度調査(PISA)の結果について報道され、日本の高校生の理数系の学力順位が低下したとのこと。
 考える力が試されるこうしたテストで、「覚えること」に専念してきた子どもたちがよい成績をおさめられるはずがない。
 子どもたちの事象に対する関心の低さ、学習意欲の低下などがこうした結果に結びついていることは疑いようがない。
 かつては「知らないことを恥じる」のが一般市民の「知に対する姿勢」だったにもかかわらず、このところの風潮として「知らないこと自体大した問題ではない」と感じたり、あることについて知らないことを誇る傾向すらあったりする。
 知的欲求や知的好奇心は人間が生まれつき持っている「生きる力」だ。それを欠いてしまっては前向きに自分の人生を生きていくことは難しいはずなのだが。
 それはともかく、順位という結果のみを問題視し、勉強させるために授業時数を増やせ、という主張を展開するメディアもある。
 困ったものだ。 「学習すること」とりわけ「学ぶこと」とお勉強を混同しているのだ。勉強の時間を増やせば「知が育つ」と安易に思いこんでいるようだ。学習理論など最初から念頭にないようであり、順位を上げることが学習の目的であるかのような粗雑で乱暴かつ低レベルな論理で世論を形成しようとしている。
 問題はそんな単純なことではないし、それで「考える力=生きて働く知」、ダイナミックな知性、躍動する知性が育つはずもない。
 知識は覚えただけでは何の意味もない。覚えたその先にあるものを学習者自身が「意味あること・価値あること」と認識できるように「学習することそれ自体の枠組み」を築き直す必要があるのだ。
 そうあってはじめて「学ぶことの意味や楽しさ」「知ること、できることに対する心の弾み」「自分の世界の広がりを実感する味わい」などを支えとして学習に取り組むことができる。
 それは、小手先の制度いじりでたやすく解決できる問題ではない。
 ここから先は教育研究者の領分であり、門外漢の飲み屋の親父や落語家のかみさん、ヤンキー上がりのおにいさんなどの思いつきで子どもたちの行く末を左右するようなことにならないよう、しっかりとした研究に基づいた議論によってこの国の「教育の舵取り」をしていかなければ、世界が求める知の育ちとはかけ離れた「旧態依然とした知識の教育」に終始していまい、ますます学習離れを引き起こすであろうことは、想像に難くない。
2007年12月5日
 今日、午後1時頃のことである。居間のガラス戸にドンッ!と音がして小鳥がぶつかった。
 ドバトなどが勢いよくぶつかることはこれまでもあったことなので、そのこと自体は驚くことではないが(こう書くと、人里離れた田舎に住んでいると思われるかも知れないが)、ぶつかった小鳥がその後飛び立った様子がない。
 娘と二人で念のためガラス戸を開けてみると、ベランダにきれいな小鳥が身動きせずにうずくまっている。
 ぶつかった衝撃で気を失っているだけなのかも知れない、様子を見ているうちに蘇生して飛び立つだろうと窺っていたのだが、いっこうにその気配がない。どうやら死んでしまったようだ。
 ぶつかった衝撃によるのか、それとももともと具合が悪くて飛ぶ力を失ってガラス戸に衝突したものなのかは判然としないが、小さな身体をした可憐できれいな小鳥だけにかわいそうでならない。
羽根の色や体つきから察するに、メジロだと思われるが、確たる自信はない。
 もうずいぶん長いことここに住んでいるが、このようなことは初めてである。
 供養の意も込めて写真に納め、冥福を祈った。
2007年12月3日
 かつての教え子から誕生日のお祝いメールやらプレゼントが届いた。
 さっきは横浜に住む娘からもお祝いの電話。「メールよりもいいかと思って」という娘の言葉についホロリ。
 こんなに祝ってもらえる誕生日は初めて。お天気はあまり良くないが、嬉しい気分と感謝の気持ちでいっぱい。心は晴れだ。 

 それにしても、何日も前から手がけている曲のアレンジが遅々として進まない。スランプだろうか。それともこれが実力?
 「ここまで遅れてしまったのだから・・・」となかば開き直って、後悔せずに済むよう納得のいくアレンジめざしてじっくり攻めることにした。

 星野ジャパンが台湾を相手にすごい逆転劇を演じ、ついに北京五輪出場を手に入れた。チーム一丸となった戦いぶりにこのチームの選手達の力とまとまりのよさがよく出ている。
すごい!偉い!見事だ!おめでとう!
2007年12月2日
 昨日(12/01)、二人の娘達夫婦が私の還暦祝いを催してくれた。12/03の誕生日で還暦を迎えることになるので、祝ってくれたのだ。
長女とお婿さんは、横浜から駆けつけてくれた。次女は、現在里帰り出産のため帰省しているが、お婿さんは川崎から車を飛ばしてきてくれた。長女が土浦の老舗料亭「霞月楼」の中庭の見える部屋を予約しておいてくれたという。

 霞月楼は、明治22年創業の格式の高い料亭で、霞ヶ浦航空隊の将校もよく利用したことで栄えた店であるが、飛行船「ツェッペリン」や大西洋単独横断飛行で有名な「リンドバーグ」とも関係の深い店だ。
ツェッペリンもリンドバーグも霞ヶ浦飛行場に降り立ったことがあり、その際にはこの料亭で華々しく歓迎会や食事会が催されたとのことで、その折の写真や新聞記事などが玄関脇の資料室に展示されている。
そうした展示物の中には、吉田茂首相や池田勇人などの政治家が訪れた際の写真や山本五十六元帥の直筆の手紙、その他の著名人の写真なども多数ある。中でも圧巻なのが、河童の絵で有名な小川芋銭から贈られたという河童とかわうその描かれた掛け軸。大きさもさることながら大胆な筆運びで描かれた動的な構図による絵に圧倒される。

 そんな歴史を誇る老舗料亭でいただく料理の数々は、まさに祝いの膳にふさわしい見事なつくりのものばかり。
一、食前酒    金柑酒
一、先附     鮟肝豆腐 車海老 紅卸し 葱みじん 芽葱 ちり酢
一、煮物椀    上澄み仕立て  より人参 大根 山葵
一、造り     鯛鮪  ちさと 山葵 岩海苔
一、凌ぎ     飯蒸し朴葉包み  新唐墨 銀杏 焼目百合根
一、八寸     白子ちり酢合せ 玉子身蒸し サーモン焼 菊菜浸し 鶉焼鳥 干し柿松葉に刺して
一、焼肴     鰆付け焼柴漬けのせて 大根納豆射込み 芥子醤油を添えて
一、鉢肴     海老芋 蓮餅 菊菜
一、食事     鯛赤飯 味噌椀 香
一、水菓子    洋梨 苺

 すばらしい料理の数々だったが、そんなことより何より、こうした祝いの席を設けてくれた娘たちに感謝の言葉もない。
 何とありがたいことだろうか。これまで、世俗的な楽しみを何も与えてやれなかった父であるにもかかわらず(本当に、他の家庭のように旅行やイベント、遊びに連れて行くなどということができなかったのだ)、こうして宴を計画し、遠路駆けつけてくれる娘たちには申し訳のない気持ちと感謝の気持ちがないまぜになって、それを言葉でどう表現してよいかわからないでいるのが現実。
 それにしても子どものときに見た「還暦」を迎えた祖父をはじめとする人々は、おじいさん然として立派だった。
 我が身を振り返ると、そうした姿にはほど遠く、何とも情けない気持ちになるのだが、「年だけはとっているが」と思われないように、また自らも蔑まずにすむよう「実ること」を追い求めていきたいものである。
2007年11月16日
 新しいシンセサイザーを手に入れた。YAMAHAの「MM6」というシンセである。
 これまでのシンセがやたらと重く(重量が)、演奏を依頼される度に搬送するのが大変であった。 軽くて機能的にも満足のいくものを、と物色していてヒットしたのがこのシンセだったのだ。
 メーカーの謳い文句では『「かんたん、楽しい、カッコいい」を手にしたその日から体験していただけます。5kgと軽量ながら、本格的な演奏、音作り、音楽制作を実現します。クラスを超えた高品質。MOTIFシリーズの意思も継いだ70MBウェーブを搭載。 』とある。
 確かに軽い。これまで使っていたシンセに比べると(もっともスピーカを内蔵していない分、差し引かなければならないが)嘘のような軽さだ。
 しかも、USBデバイスが使えるなど、機能も豊富。明日からまた楽しみが増えそうである。
2007年10月27日
 台風20号が北上中である。外は雨風が強い。今がピークであろうか。
 この台風は移動速度が速いので、今夜半には関東を遠く離れていきそうだとのこと。
 それにしても台風が来るとちょっと嬉しい。
 なぜなら、作曲をしていても音楽を聴いていても、少しぐらい大きな音を出しても近所に気兼ねすることがないからだ。
 おそらくご近所の家は、どこも雨戸をしっかり閉めて台風にそなえているだろう。我が家とて同じ。
 ということは、二重にも三重にも遮音を施した状態と同じ。安心して大音量を出せる。
 台風が来て喜ぶなど不謹慎なようだが、やはり嬉しいのである。
2007年10月25日
 私の住んでいる町に世界中を旅して歩き、行く先々の大自然の景観を絵画で表現し、環境保護を訴えるべく野外展を開催している「漂白の画家」がおいでになる。
 この度、「美・チャレンジ100」と題したその展覧会がめでたく100回を迎え、しかも世界五大陸での開催を達成されたのを記念し、自らの「自然に対する思い」を詩に詠まれた。
 (聞けば、その100回目の個展は、フランス・ベルサイユ宮殿の前で行ったとか。)
 その詩のタイトルは『旅路』、そしてサブタイトルに『地球に愛を』とある。
 自然をこよなく愛し、かけがえのない地球を守りたいというメッセージがこめられた詩である。
 その詩に曲を、と私が依頼されたことから作曲に取りかかったが、つい先日完成し、無事お渡しすることができた。
 悠久の自然に対する思いが伝わるように「ゆったりとした曲想でたっぷりと歌い上げられるように」とのご希望だったので、その意向に沿うべく努力したつもりだが、そうなったかどうか不安でもある。
 その曲を紹介しているページは、こちらです。→
試聴ページ
2007年10月20日
 昨日の天気予報は「曇りのち雨」。ところが思いがけなく午前・午後ともよいお天気。
 昨日は、私の住んでいる市の小中学校音楽発表会が催されるというので、出かけてみようと思ったことからお天気のことが気がかりだったのだ。出かける私のためばかりではなく、音楽会に参加する小中学生やそこで使われる楽器の運搬などが支障なく行われるためにも、良いお天気であればよいが、と思っていたのだ。
 
 幸いよいお天気だったので、家内と連れだって会場へ出向いた。
 行ってみて驚いた。プログラムを見ただけではわからなかったのだが(何せ結婚して姓が変わってしまっていたので)、かつて中学校で教えた教え子たちが何人も会場にいるではないか。
 しかも私のいることに気がついて、その子たちが(と言っても、もう立派な大人なのだが)挨拶に来てくれる。
 彼らは各小中学校の音楽主任として大活躍し、昨日の発表会でもすばらしい指揮ぶりで見事な演奏を披露している。
 その演奏からは、普段の子どもたちとのやりとりや音楽づくりの姿勢が窺え、何とも言えないうれしい心持ちでいっぱいになった。そしてまた、私が知らなかった(気づかなかった)ところで、健闘してきた彼らの活躍ぶりも大絶賛したい気分である。
 こんな身近な市内の学校に勤務しているのであれば、ちょくちょく連絡をとってみんなでお茶でも飲みたいものだと懐かしくも楽しみな心持ちに浸れた一日であった。
2007年10月18日
 ボクシングの亀田三兄弟と言えば、今や日本中で知らない人は皆無であろうと思われるほどの超のつく有名人。
 中には、あれは三兄弟ではなく、父親を兄貴分とした四兄弟ではないか、と揶揄する人がいるほど目に余る暴言と傍若無人な振る舞いを親子揃ってしてきたファミリー。東京の葛飾内に住んでいるとか。どうやら「勝つしかない」の語呂合わせで葛飾内に住んでいるようだが、ある人は「葛飾区内」とすれば「勝つ資格ない」と読めるぞ、と茶化している。これは笑える。
 そんな親子が(選手は次男だが)こともあろうに世界選手権試合でいくつもの反則をしでかし、JBCから処分を受け、昨日謝罪会見を行った様子が報道された。笑ってしまったのは、当の次男が金髪をきれいに刈って坊主頭になり、しかも神妙な面持ちで終始力無くうつむき憔悴しきった(とマスコミは言うが、私には単なるジェスチャーにしか見えなかった)ような表情でいる姿を見た時である。あれだけ大口をたたき、人もなげに対戦者に対して無礼な態度で挑発をくり返すという「牙をむいた野犬」のような人物が、JBCから処分を言い渡された途端、心神喪失のような状態になって人前に現れるということに、ばかばかしさを禁じ得なかったからである。

 どうやらこうした変わり身は、今年の「流行(はやり)」であるかのようだ。
 向かうところ敵なしだった横綱「朝青龍」が、相撲協会から処分を宣告された途端に、精神を病み、引きこもり状態になって口もきけなくなってしまい、ついには故郷モンゴルで心の病の治療も含めて、というよりも元々の腰の怪我について治療はどこへやら、その心の病を治癒するのが先決とばかり日本を離れてしまった姿とだぶるからである。これだって、やれ神経衰弱だのうつ病の一歩手前だのと報道されたが、どこからどう見てもそうは見えない「ふてぶてしさをひた隠しにしたジェスチャー」としか思えなかった。
 それだけではない。
 権力を手にして、強行採決に次ぐ強行採決で「(国民のためにではなく)自分の望むこと」のために法律を矢継ぎ早に成立させた総理大臣が、アメリカからちょっとプレッシャーをかけられただけで説明にならないような説明しかできないほど理性を失い、あろうことか国会が開かれるやいなや「涙ながらに」政権を放り出してしまうという、大人げないまさに無責任な辞め方をしたのも、上の二人の姿と似たものを感じさせる。

 大口をたたいて虚勢をはり、必要以上に強さを誇示する姿と、その末に見せた「余りにも弱々しい姿」「情けない姿」にギャップがありすぎるが、そうした姿を今年は少なくても三度も見てしまったことになる。もっともここで見せた弱り切った姿ですら(何度も言うようだが)、パフォーマンスに過ぎないと思われるのだが。
 自分のしたことについて、きちんとした説明を自分にも社会にもできず、虚勢の末の「病を装った社会からの逃避」の姿がこれらから見て取れる。
 三人のどの姿からも、自己のおかした失敗を悔いて「落ち込んでいる様子」ではなく、そこに追い込まれてしまったことを「なぜだ」と逆恨みしたり、ふてくされている様子しか見えてこないのは、私だけではあるまい。
 その意味で、今年は「不貞腐れ」の年と名付けて良いかも知れない。
2007年10月11日
 散歩をしていると、あちこちの庭先から「金木犀」のいい香りが漂ってくる。
 もうすっかり秋なのだ。今朝は夏以降はじめて寒さを感じ、エアコンの暖房を使用してしまった。そう言えば、すだく虫の声も今を盛りとばかり聞こえてくるし、散歩から帰ってきた家人が「もう銀杏の実が落ちている」と言う。まだ銀杏拾いには早いかと思っていたのだが・・・。
 それにしても金木犀の香りは何と魅力的なのだろう。深まる秋をこのいい香りで味わえることは嬉しい限りだ。
2007年10月9日
 映画「フラガール」がテレビで放送された。その日は所用のため、見ることができなかったが、録画しておいたものを昨日見ることができた。
 フラガールは、常磐ハワイアンセンターのフラダンスを踊る踊り子たちの創設時の苦労を描いた映画である。彼女らは常磐炭坑の抗夫の
娘たちであり、フラダンスなどというものを見たことも踊った経験もない女性たちだ。
 そもそも常磐ハワイアンセンターは、常磐炭坑の斜陽に伴う人員整理で失われた働き口を確保すること、併せて炭坑からわき出る温泉(こ
のために起こる落盤事故が少なくなかった)の利用という一石二鳥のアイディアから創設されたもので、炭坑住宅に住む若い娘たちの活躍
場所を確保するということも期していたのである。

 なぜ、そんなことを知っているかと言えば、私自身が「常磐炭坑」の出身だからだ。
 私が中学生から高校生だった頃、昭和30年代の後半は安価で火力の強い、しかも燃えかすの出ない石油の普及によって石炭の需要が
どんどん減っていき、日本中の炭坑の経営を圧迫していった時代であった。石炭を掘れば掘るほど経費がかさむことから、出炭の制限をした
り、人員削減をして人件費を抑えたりすることを余儀なくされていた石炭産業の終末期だった。
 黒いダイヤともてはやされて、戦前・戦中・戦後の日本を支えるエネルギー産業の花形だった石炭が、新しい化石燃料「石油」にとってかわ
られる、そんな時代の常磐炭坑の生き残り作戦が「常磐ハワイアンセンター」だった。

 映画の中で描かれている炭坑のズリ山、炭坑住宅(炭住)の様子やそこでの生活ぶりは、よくもまあ細部にわたって考証し再現したと思わ
れるほどリアルで、私も子ども時代を思い出し、懐かしさにひたってしまった。
 そして何よりも常磐地方の方言もごく自然に演じられていて、『そうそう、こんな言葉を使っていた』と懐かしさを感じると同時に、俳優たちの
演技力に感心させられた。「でれすけ」「教えてくんちょ」「やっぺよ」など懐かしい言葉が、ごくごく自然なイントネーションと発音で語られ演じ
られていたのに驚かされたのである。

 そして一方では、若い娘たちの奮闘ぶり。
 ハワイアンやタヒチアンのダンスに関して何の経験も持たない娘たちが、曲がりなりにも人前でダンスを披露し、それで収入を得るという
プロのダンサーとしての技を身につけていく過程が見事に描かれていて、思わず泣かされてしまった。
健気にがんばる姿とその精進によって見事にダンサーとして成長していく様子、それに「裸踊り」と揶揄する周囲の人々の理解をかちとって
いく経緯が何とも泣かせるのだ。
 常磐ハワイアンセンターは、現在は「ハワイアン・リゾート」としてますます発展している。これを創設しようと思った当時の人々の発想力と
先見の明に感動を覚えながら愉しんだ映画であった。
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ヤマハの「EZ-TP」を手に入れた。
誰でも簡単に演奏できる“歌う! トランペット”と謳い文句にあるように、マウスピースに口をあてて歌うと、声の音程・音量を自動的に感知してトランペットの音で演奏できるという楽器である。
それなりに練習しなければならないトランペットの演奏が、歌うことの出来る人であれば誰にでも可能、というバリアの低さで出現したのである。
バズィングをしてしまうと、まともな音にならないが、「アー」とか「ター」とか発音しながら歌うと、見事な音色で演奏することができる。本物のトランペットだと、何よりもその音色を手に入れるまでが大変で、そこで挫折してしまう人が多いのだ、(もっともそれはどの楽器でも同じだが)
これなら、子どもでもお年寄りでも、手軽に垣根を乗り越えて演奏を楽しめるだろう。
いわば「イージーギター」のトランペット版だ。学習指導の場でも大いに活用の余地と意義があるのではないかと見ている。
2007年10月6日
 ようやく秋である。秋と言えばハゼだ。東京湾でも江戸前のハゼが盛んに釣れているという。
 我が茨城県でも汽水湖「涸沼」というハゼ釣りの名所がある。ずいぶん昔に職員のリクレーションでその涸沼にハゼ釣りに連れていってもらったことがある。舟で沖に出て、エサをつけ竿を垂らすか垂らさないうちに手応えがあり、釣り初体験の私でも信じられないほど釣れてしまった覚えがある。嘘ではなく、お昼ご飯に用意してもらったおにぎりを食べている暇もないほどだったのである。後で考えてみれば、おにぎりを食べている間だけでも竿を下ろさなければ良かっただけなのだが、余りにも釣れるので「どうしようか」と思ったほどである。

 そのときに高校時代に教えてもらった俳句を思い出した。
 〜鯊釣るや 水村山郭 酒旗の風
 誰の作であったかは覚えていないのだが、鯊を釣っている釣り人とそよ風にはためく酒屋の旗をはじめとする景色を思い浮かべて、そののどかさをうらやましく想像したものであった。どうしてそのような俳句を教わったかと言えば、これは漢文の授業の中でのことであった。
 杜牧の五言絶句「江南の春」についての授業中のことだった。
 千里鴬啼緑映紅(せんり うぐいすないて みどりくれないに えいず)
 水村山郭酒旗風(すいそん さんかく しゅきのかぜ)
 南朝四百八十寺(なんちょう ししゃくはっしんじ)
 多少樓台煙雨中(たしょうのろうだい えんうのうち)


 この詩の二段目「水村山郭酒旗風」をきかした俳句がある、と先生が教えてくれた俳句が先のそれだったのだ。
 どうやらそれ以来、鯊と「水村山郭酒旗風」がセットになってしまい、ハゼ釣りの最中に思わずその句を思い出したのだった。
 毎年、今年こそはあの年の秋のようにハゼ釣りを愉しんでみたいものだ、と思いながら果たせないできた。
 今年こそは本当に出かけてみたいものだ。お天気のよい日をねらって、秋の風を堪能できたら、たとえ一匹も釣れなくても良いとまで思えるのだが。
2007年10月5日
 国会がようやく正常な状態に戻り、所信表明演説に対する質疑が展開されているようだ。
 なかでも「テロ特措法案」の扱いについての議論が今国会の目玉のようである。そもそも、この法案が施行されたのは、6年前の9.11を契機として、ブッシュ大統領がテロとの戦いを最優先課題であるとタリバンを征伐する戦争を始めたことへの国際協力への動きによってであったはず。

 ところが、同時多発テロ「9.11」そのものが本当にアメリカ政府の公式見解通りの事件であったかどうか疑わしい、という話があるというではないか。
 立花隆によれば、NYタイムズとCBSの共同調査で、アメリカ政府の公式見解を信じている人は16%しかいないという。政府が何か隠していると思う人が53%、ウソをついていると思う人が28%もいるのだというのである。
 高度防衛国家のアメリカで、何かことがあれば数分以内に迎撃戦闘機のスクランブル発進が可能であるにもかかわらず、何の阻止もできないままワールドトレードセンタービルへの突入をさせてしまったこと。一機のみならず、約20分後の二機目の突入もさせてしまったこともありえる話ではないとする。しかも、あの巨大なビルの崩壊の仕方も物理的に起きえないことで、明らかに爆発があったと思われるのに、その調査が行われなかったばかりでなく、飛行機の衝突と何の関係もない第七ビルも崩壊するというのは奇怪な話だ、というのだ。
 そればかりかペンタゴンの壁に空いた穴は、ハイジャック機よりもずっと小さく、ほんとうにあの飛行機が衝突したのかどうか疑わしいというのだ。
 インターネットでも、「
911ボーイングを探せ」など、その謎を指摘するサイトがあるが、極端な話では、9.11以前からアフガニスタン戦争、イラク戦争のプランができあがっていて、それを発動するために、9.11をアメリカが自作自演したのではないかという説すらあるという。
 
 国際協約という名の下で(その実、アメリカとの約束でしかない)イラクへの派遣、船舶への燃料補給を可能にするこの特措法案が、そうした謎が未だ未解決の中で、しかも国連のかけ声でなされるものではない戦争への協力という形で行われることをねらったものだということを知ると、ちょっと待てよと首をかしげざるを得ない。ほんとうはどうなのだろう。
2007年9月28日
 先ほどYahooニュースを読んでいてはじめてわかったことがある。
 あのちょんまげを結った松浪某という衆議院議員が「文部科学省副大臣」という地位にいることを、である。
 議場でヤジに憤慨し、あろうことかコップの水を振りまいた人ではないか?そう思ってWikipediaで調べてみたら、それ意外にも国会議員としての資質を疑われるような言動をたびたびしてきた人らしい。暴力団との関係も疑われるようなこともあったと言うではないか。そんな人が副大臣?
 もっとも強硬にモノゴトを推し進めようとした安倍政権にあっては、深い考えをもってことにあたろうとする人より、肉体の強さとエネルギーにものを言わせて、あたりかまわず突き進む筋肉馬鹿の方がふさわしかったのかも知れない。
 そんな人が副大臣を務める文部行政。何とも気が滅入る話である。もっと科学的な思考のできる人、教育についてしっかりした見識をもった人はいなかったのだろうかと思わざるを得ない。

 今日も暑かった。中秋の名月を過ぎたというのにこの暑さ。やはりこの夏は異常であった。
 昨日のニュースでは、今年の紅葉は例年より5〜6日程度遅れそうだ、とのこと。それはそうだろう。しかし、5〜6日程度の遅れで済むのだろうか。この異常な暑さではもっともっとずれこみそうな気がするのだが。
 それでも季節は着実に秋に向かって進行している。今こうして机に向かっていても、窓外からは虫の声が涼やかに聞こえてきてもうすっかり秋の風情。
 お隣の庭の萩もすっかり満開だが、萩と言えば水戸の偕楽園がそろそろ見頃を迎えることだろう。
 水戸では偕楽園や弘道館を世界文化遺産として申請するという話もある。実現するかどうかわからないが、もしそうなれば学問・芸術にかかわる施設としては日本初の文化遺産になるのではないだろうか。
2007年9月25日
 今日は中秋の名月。先ほどまできれいに見えていた月が、薄雲におおわれて朧な月に姿を変えてしまった。これはこれで美しいと写真におさめてみた。

 ニュース番組では先ほどから「福田新内閣の組閣完了」の報道がなされているが、どう見ても「国民のための政治」を真剣に志向するような内閣なのかどうか、正体が見えにくい。ふくみ笑いをして煙にまきそうな首相をはじめ、派閥の領袖が四役を担うといった顔ぶれなのだから致し方あるまい。

 それはさておき、このところ内田樹氏にはまっている。昨日も「子どもは判ってくれない」(文春文庫)を電車の中で読み耽ってしまい、危うく乗り過ごすところであった。知性や教養ということについて、わかりやすく、しかも従来とは異なる視点から掌をさすように論を展開してくれている。これを読んで受け止めてくれる若者が一人でも多くいるように願うばかりである。
2007年9月16日
〜こんなものを見つけた〜
 ネットでこんなものを見つけて手に入れた。とても小さなデジタル・ビデオ・カメラだ。バッテリーを含めても200gに満たない。2GのSDメモリーカードで65分の録画が出来る。また500万画素のデジタルカメラとしても、MP3プレーヤー、ボイスレコーダーとしても使える。ハンディーカムを持ち歩くことを考えると、年寄りには嬉しくなる軽さだ。とりあえず、10月に行われる学会での研究演奏を記録してみよう。動画の記録はこのDVCで、音声の記録は先に手に入れたハンディーレコーダー「H-2」で、高品位な記録がとれることを期待している。

 ところで、数日前に我が家の外壁にヤモリがはりついているのを見つけた。「家守」というぐらいで、ヤモリがいると何かよいことがあるという話だ、と家人と話していたら、今日は洗面所のガラスにうつるヤモリのかげ。(もちろん外側にいるのだが)大きさからするとまだ子どものようだ。どこかに巣でもつくっているのだろうか。
 聞けばお隣では、もうずいぶん前からヤモリが棲み着いているとか。分家でもしたのだろうか。 
2007年9月14日
 昨日、空いた時間ができたので、家内と二人で石岡市にある「常陸の國風土記の丘」に久々に出かけてみた。
 長女が幼かった頃に一度行ったきりだったので、20数年ぶりのことである。あまり近所にあると出向くチャンスを逸し、なかなか訪れないものである。
 行ってみて驚いた。当時から比べると、園内も拡張整理されており、駐車場や入り口なども変わってしまっており、多少まごついたりもした。もう少し時期が早ければ、大賀ハスが立派な花を咲かせている様子も見ることができたのだろうが、残念ながらもうすでにその時期は過ぎてしまっていた。そのかわり、もう萩やコスモスがぼちぼちと咲き始めている。これからますます佳い景色をつくっていくことだろう。
 園内には、古代から近世までの民家や常陸の国府建造のために築かれた工房の建物などが復元されており、じっくり時間をかけることができれば丸一日でも興味深く過ごせそうだ。
2007年9月12日

 今日、安倍首相が突然の辞任表明をした。
 
「戦後レジームからの脱却」をスローガンに掲げ、平和憲法によって日本という国がどれだけその恩恵に浴することができたかを理解することもなく、旧い体制に戻そうとするかのような時代錯誤の感覚を持ったこのような首相には一日も早く辞任をしてもらいたいと、多くの国民が望んでいたことであるから、そのこと自体はむしろ喜ばしい。
 
また、「美しい国」「美しい星」などと上滑りで安直・意味不明な言葉を弄して、平和憲法そして教育基本法という国の根幹をなす大切な法に手を加えようとし、実際に教育基本法を次元の低い論理で作りかえてしまった首相が長くこの地位に留まることは、日本にとって決して望ましいことではないと見ていた多くの国民にとって歓迎すべきことであろう。

 しかし、なぜこのタイミングなのか、ということについては誰しもが疑問に思うことではないか。このような中途半端で無責任な辞め方をした総理大臣がこれまであっただろうか。ある衆議院議員が『このような中途半端な辞め方をする、ということは彼自身がとうてい美しい国や規範意識について語れる器ではなかったことの証し。極めて幼稚な政治感覚の持ち主。』と評したように、判断の甘さと過ち、決断の鈍さがこの人の骨格をなしているのだろう。「KY(空気が読めない)」と評されたのも、そうしたことの現れであろうし、松岡農水大臣を自殺に追い込んだのもこの人の優柔不断さがもたらしたものである。
 また、参院選挙で自民党が大敗したのも国民の望んでもいないことを「国民との約束」であると勘違いして選挙の論点にしたことが招いたことであるにもかかわらず、そのことに気づけないというのも、この人の政治感覚の甘さによるものではないか。
 そして極めつけは、参院選で大敗したときに退陣していれば将来もう一度チャンスが巡ってくるかも知れなかったにもかかわらず、首相の座にしがみついて退陣の時期を逸し、その上、所信表明演説をしてそれに対する代表質問を受けようとするその日に首相の座を降りてしまうという無責任極まりないと言われても仕方のない「辞めどき」の選び方。

 田中康夫元長野県知事は「シドニーでブッシュに激励されたら『職を賭す』と強がりを言い、国内で反発を受けると『辞める』という。お坊ちゃん気分で発言する人は首相のみならずどんなリーダーにも向かない。美しくない政治、日本を世界に発信して辞任するとは語るに値しない」と語ったと言われているが、すべての政策と方針が、この「お坊ちゃん気分」から出たものであり、しっかりした理念と理想に基づいたものでないことは想像に難くない。
 岸総理のDNAがこの人の行動原理で、「戦後レジームからの脱却」「世界のリーダーたるべき日本」「美しい日本」などの概念も、岸信介の孫という「お坊ちゃん気分」でさしたる深い考えもなく言われたことでしかないのではないか。
 そんな低次な発想で教育の方向をねじまげ、教育されなければならない存在として国民を位置づけ、競争による教育を押しつけ、徳育の復活を実現させ、戦前・戦中の教育を彷彿とさせるような教育体制を築こうとしたのも、その文脈の中での発想でしかないと思われてならない。

 そのように体制を壊し、めちゃめちゃにしておいて、都合が悪くなると「僕ちゃんは辞める」と言い出すのも「お坊ちゃん」の常。殿様の細川政権がそうであった。古くは徳川慶喜もそうであった。庶民の生活感覚とは無縁の「殿や御曹司」には、自分のしていることが国民に重大な影響を及ぼすことであるという感覚が欠如しており、まるでゲームでもするかのように権限の行使を楽しむ存在なのであろう。だから都合が悪くなったり、それがもとでイヤになったり、果ては飽きたりすると、いとも簡単に無責任に「辞〜めた」と放り投げるのだ。このような無責任な人物がこの一年間、国の進むべき方向について語り、百年の計と言われる教育の方向をねじ曲げてしまったことは国民にとって大迷惑である、と言える。辞め時のタイミングの悪さ、おもちゃ箱をひっくり返すようにして散らかしておいて辞めるというその無責任さにもっと国民は怒っても良いのではないだろうか。

2007年9月9日
 今日は9月9日。語呂合わせで「救急の日」なのだそうだ。
 また、重陽の節句でもある。なぜ「重陽」なのか。調べてみた。
 古来、中国では奇数は縁起の良い「陽の数」とされ、一番大きな陽の数が重なることから9月9日を「重陽」と名付けて節句の一つとしてきたのだそうだ。因みに五節句の他のものも調べてみた。
 ・1月7日〜人日(じんじつ)の節句
 ・3月3日〜上巳(じょうみ)の節句
 ・5月5日〜端午(たんご)の節句
 ・7月7日〜七夕(たなばた)の節句
 ・9月9日〜重陽(ちょうよう)の節句
 また、この重陽の節句には、
菊の香りを移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願うという風習があったことから、「菊の節句」とも呼ばれているという。

 そんなことを調べていたら、「今日は何の日」というサイトで、9月9日は「ベートーベンが生涯最後の公演をした日(1825年)」とあった。
 そうだったのか。しかし、どこのホールで、何の曲を演奏したのか、ピアノを演奏したのか、指揮をしたのか、などについて調べようとしたが、手がかりは得られなかった。残念だ。
2007年9月3日
 学校では、今日から新学期。子どもたちのにぎやかな声が学校に戻ってきて、新しい活動が元気に展開されたことだろう。さっそく運動会や体育祭の練習にとりかかった学校も多かったことだろうが、夏休み中の猛暑から一転、涼しい学期の幕開けで「救われた」と感じた子どもたちも大勢いたのではないだろうか。

 新聞やテレビでは、組閣一週間にして早くも農水相辞任の問題や横綱朝青龍の問題、昨日行われた世界陸上女子マラソンで粘り強い走りを見せ、唯一銅メダルを獲得した土佐選手の話題等でにぎやかだ。
 それにしても、どうでもよいことだが安倍首相の「政治とカネの問題について十分な説明ができない閣僚には去ってもらう」という発言は、いかにも他人事で自分が任命したのだということを忘れた無責任さを感じざるを得ない。自ら手を挙げて「農水相にしてくれ」とその任についたわけではなく、首相が任命した人間についての話なのだから「去ってもらう」という言い方はないだろうと、違和感を覚えるのは私一人だろうか。

 それはともかく、ハンディーレコーダーを手に入れた。内蔵のステレオマイクで2GBまで録音しWAVファイルとして保存できるものだ。ローカットフィルターやコンプレッサー/リミッターも内蔵しているので、ライブの演奏を録音しても高品位の音で録音し、編集可能。
 しかも収音する方向と角度もある程度選択可能で、必要に応じてフロント方向・リア方向の2つのマイクロフォンを動作させてサラウンド2CH録音も可能。臨場感のあるレコーディングができることだろうと期待大である。
2007年7月30日
 注目の参議院議員選挙が終わった。多くの予想通り、と言うかそれを上回った自民党の大敗北。
 しかし、安倍首相は続投の意向だという。年金の問題にしても、閣僚の不祥事や不用意発言の問題にしても、それは安倍氏本人の問題ではないから、責任をとって辞める必要はないとの判断だという。
 だが、この選挙は「戦後レジームからの脱却」を謳い文句に乱暴きわまりない国会運営を官邸主導でしてきた安倍政権の政治姿勢を問う選挙であったはずだ。決して年金問題や政治とカネにまつわる不祥事などの目先の問題などではなく、日本の将来を見据えた根本的な問題こそ、この選挙の核心だ。
 そうした政治姿勢にかかわる問題に国民が「否」を表明した結果が、この惨敗であることから、懸命に目をそらそうとしているかのようだ。思うに、安倍首相という人は、「辞める」「辞めさせる」ことで潔い姿勢を示すということを知らない人であるようだ。
自らも、そして他をもかばい、かばうことでますます自らの「信」を失うということの怖さを知らない人であるとしか思えない。
何とも困った人だ。

 それはともかく一昨日から難問に突き当たっている。
 Wordで文章を編集していたのだが、文中に脚注を挿入し、本文を2段組にしたところ、あろうことか脚注まで段組みされてしまうではないか。これは不都合だ。脚注に影響を及ぼさず本文のみを2段組にしたいと思っているにもかかわらず、幾度やっても脚注に影響が出てしまう。
 因みに一太郎で試したところ、そうした問題は発生しない。入稿はWord形式の文書なので、一太郎で出来ても何の意味もない。何と不便なアプリケーションであることかとWordを呪いながら四苦八苦しているところである。
2007年7月20日
 先日受けた健康診断の結果が出た。特にどこにも異常はない。ガンの再発も兆候がないようだ。
 ただ「要指導」の欄に「低体重」とある。「痩せすぎですよ、気をつけなさい」という指導なのだろう。いわば逆メタボだ。
 そんな指導事項があるなんてはじめて知った。しっかり食べてもう少し太りなさい、ということなのだろうが、しかし、そんなこ