続 音楽科教育についての一考察

  

―望ましい学習環境の構成をめぐって― 現場からの報告

1.はじめに

 この小論は、昨年度の集録に於いて同じテーマで論じた内容についての現場からの具体的な実践報告として述べてみたい。
 昨年度は、児童・生徒の主体的で創造的な学習を実現するための望ましい学習環境の構成条件として次の3点を指摘した。
 

  1. 学習者である児童・生徒にとって、期待が持て、見通しの持てる内容として題材が組織・構成されて
    いること。
  2. 自分の問いに十分時間をかけて納得いくまで取り組むことができ、自分の学習を自分の手で展開し
    ていくのだという活動意識が持てるような題材の構成になっていること。
  3. 自然に「問い」を発したくなるなるよう、自己の働きかけが鏡のように直接はねかえってくることによる
    「問い返し」のある教材で授業が構成されていること。

 これらの内容については研究集録昨年度「夏の号」の拙論をご参照願うこととして、これらの要件を満たす授業を具体的に提案してみようというのが本稿のねらいである。 
学習環境を整えることによって、学習者である児童・生徒が「イニシャチブを発揮し、自己のよさを実感しながら音楽に働きかけ、音楽的な諸能力を自ら伸ばし、ひいてはよりよく生きる力を身につけることができる」ような音楽の授業を具現化しようとするのが本研究の目的であるが、それは、教科音楽科の抱えている今日的な課題へのある提言になると信じている。
新しい学力観に立った学力像を想定すること、その学力像の実現に向けてさまざまな視点から研究を進めることが現場では行われているが、よって立つべき「学力観」や「個性」「主体性」などのとらえが適切になされ確立されているかと言えば決して楽観できないのが現状である。
 広げられた学力のとらえが「新しい学力観」であり、そうした学力観に立った学力像の実現のために内発的に強く動機づけられた学習への意欲や構えが何よりも重要であり、学習の成立を見るために何よりも「自己を生かしながら自己とモノゴトとのかかわりをとらえていく」といった学習の仕組みが必要であるに拘わらず、これら学習を変革していこうとするキーワードを個々バラバラのものとしてとらえているために、研究が深まらないという現実も見えかくれしている。
 たとえば、「個性」を生かすには、「基礎・基本」をしっかり身につけることが前提になるのだ、とか「教えるべきこと」をしっかり教え、しかる後に子どもたちに「あずけるべきである」といったことが声高に言われ、しかもそれが古い指導観・学力観から脱し切れていないことにすら気づいていない多くの教師によって言われ始めている。
 大学の附属という研究の場を離れ、公立の現場にいるとそのようなことがよく見えるが、指導要領に盛り込まれたこれらの言葉を一時の流行語ととらえてはいけない。もう既に「新しい学力観」という言葉は聞き飽きたという声すら聞かれるが、困ったことだというのが実感である。
 それはさておき、生涯学習社会で生きて働く力としての「学ぶ力」「学ぶ意欲」「学ぶ仕方」などについて、よりよく学びとっていけるようにするのが現実の学校に課せられた課題であると考えているが、そのような能力や態度を子ども自身が身につけていく過程でこそ発揮させたいのが「主体性」でありその子なりの「よさ=個性」であるととらえるのが適切だろうと考えている。
 楽器の基礎的な演奏技能であっても、うまい変換のきいた学習環境の中では、自らの指し手感覚を実感しながら活動し、自らのよさに気づき味わいながら無理なく自分自身を伸ばしていけ、しかも楽しく学習しながら学ぶ勇気や自信も獲得していけるはずだという基本的な考えに立ってこれまでも実践してきた。「うまい変換」とは、『学ばせたいこと、学んで欲しいことを、子どもにとって学びたいことに変える』ことを意味している。
そこで、拙い事例ではあるが、1学期に実践した授業の中の一例をここに示し、昨年度の提言の具体例とし、『現場からの報告』とさせていただこうと思うのである。

2. 実践事例

 ここで取り上げたのは、中学1年生の1学期の事例である。
 初めて手にした楽器「アルト・リコーダー」の基礎的な奏法を、音楽に働きかけながら楽しく活動していく中で知らず知らずのうちに身につけていけるように、と考えて設定した題材の例である。学習環境そのものを「題材の内容」「題材の指し示す方向」「学習の計画」「教材」「学習資料」「指導言・助言」などの有形・無形のさまざまな「学習者を取りまく環境」ととらえているが、コンピュータ(パソコン)とDTMソフトを、学習の支えとすることでより望ましい環境とできるのではないかと考えた。
 学習者である生徒一人一人がコンピュータを活用して音楽づくりをしていくとか、表現上の種々の情報を操作していくといった使い方ではなく、あくまでも教具(子どもの側から言えば学習具)としてコンピュータを位置づけ活用している例であるが、これもコンピュータを活用した授業と言って良いであろうと考えている。
 具体的な実践の指導案は次の通りである。

                第1学年C組 音楽科学習指導案
                                               指導者 教諭 仁田悦朗
1 題  材 「ソラシド名曲集」をつくろう
2 目  標 (1)短い旋律をつくって表現する活動を通して、音楽に働きかけることの楽しさ
         を味わい、リコーダーに親しもうとする態度を育てる。(関心・意欲・態度)
       (2)コンピュータの演奏を聴きながら自分の演奏を確かめる活動を通して、音楽
         の流れにのって演奏しようとする態度を育てる。 (感受・表現の工夫)
       (3)短い旋律をつくって演奏する活動を通して、アルトリコーダーの奏法に慣れ
         させ、アルトリコーダーの基礎的な演奏技能を身につけさせる。(技能)
       (4)お互いに自分の作品を発表し合い、聴き合う活動を通して作品のよさを味わ
         い表現活動に生かすことができるようにする。 (鑑賞の能力)
3 指導に当たって
    1年生は、新しく触れる楽器、アルト・リコーダーを手にして、新しい音の響きを味わっているところである。
    小学校で学習したソプラノ・リコーダーの演奏技能をもとに、基本的な奏法を学習しているところであるが、ソプラノ・
    リコーダーとは異なる指づかいによる奏法であることから、これまで「ドレミ ファソ」の指づかいを覚え、それらの音で
   演奏できる楽曲を演奏しながら、新 しい楽器に喜んで取り組んでいるところである。
     これら「ドレミファソ」の指づかいは、順次に指を動かしトーン・ホールを 開閉させることで比較的容易に奏することが
   できることから、意欲的に取り組 んでいるが、「ラシド」の指づかいが多少難しさを感じさせることから、それ がネックと
   なってリコーダーから遠ざかっていく生徒が多くなる傾向があった。
    そこで、これら「ラシド」の指づかいを進んでマスターしよう、自分の使える技術として身につけようと感じてもらえ、確
   かな技術として定着できるようにと考え、この題材を設定してみた。
    学習活動は、文字どおり「ソラシド」の4つの音だけを使って短い旋律をつくり、作品を友達の前で発表し合ったり、
   できた作品を作品集としてまとめあげていこうという活動意識に沿って行われることを期待している。
    自分だけのオリジナル作品を作り上げ、発表し合ってみようと投げかけることにより、必要感を感じながら「ソラシド」の
   新しい指づかいを習得していこ うとする意欲が持てるのではないか、と考えているのである。また同時に自分のオリジ
   ナル作品を仕上げ演奏する活動を通して、音楽に働きかけることのできる自分を見いだせるのではないかということも
   期待している。
     しかし、短い旋律とは言え、創作や作曲に対する抵抗が学習を阻害してしまうことも考えられることから、ここでは、
   教師の作曲した楽曲の空白の小節に合う「短いふしづくり」という形で内容を構成している。
     教師の作曲した楽曲 は、コンピュータによる自動演奏によるものであるが、演奏1・2・3の3つのフレーズで構成し、
   その1と2、2と3の間の空白を生徒のつくった旋律で埋めていけるようにしている。
     さらに創作に対する抵抗感をやわらげるために、空白の部分にリズムのみを入力しておき、そのリズムと同じリズム
   で曲づくりをすればよいことにしている。リズムを手拍子で打ったり、リズム読みをしたりしながら、そのリズムの中に「ソ
   ラシド」の音の中から音を選んであてはめ、創作をすることになるが、その生徒なりの取り組みができるように、4つの音
   をすべて使わなくてもよいことにしている。2音であるいは3音で曲づくりができ、コンピュータの演奏 に合わせて自分の
   作品を発表しようとすることで、リコーダーに親しんでいけるようになることがねらいの大前提にあるからである。
   「ソラシド」の演奏について抵抗を感じることなく、進んで取り組んでいこうとする姿を期待しているが、ここでは4時間目の
   発表へ向けて一貫した取り組みができるように考えて、資料1や資料2を題材の初発資料として提示し、それをもとに学
   習していけるよう準備してみた。
      指導計画は、次の通りである。
4 指導計画(4時間取り扱い)

             〜略〜

    本時は、4時間目の「発表会」をめざして曲づくりやつくった曲の練習をする活動中心となる。
    生徒たちは、「つくる活動」とその曲の練習というように明確な区別をつけて活動を展開することはないであろう。「つくる
   活動」とその練習、確かめの活動を行ったり来たりしながら次第にまとまりのある作品として仕上げていったり、安定した
   演奏の姿で自分の「名曲」を吹けるようになり、ソラシドの指づかいに習熟していくことが予想される。
    そこで本時では、「自分なりの曲づくり」をめざして、つくる・試す・確かめるの活動を自由に展開できるよう、「遅い」「少し
   遅い」「ふつうの速さ」で自動演奏するよう設定した3台のコンピュータを準備し、それに合わせて練習することができる場を
   設け、自由にそれらの間を動き回り自己評価しながら学習を進められるようにと考えた。
5 本時の学習
(1) 本時のめあて
   ○演奏1、演奏2、演奏3の間の「Aの部分」「Bの部分」のリズム打ちに合った曲
     を、ソラシドの中の音を組み合わせてつくることができる。 
   ○つくった曲をアルト・リコーダーで指づかいに気をつけて演奏することができる。
(2) 展  開

       〜略〜

 題材の導入時に提示した初発の資料は、コンピュータによる自動演奏である。教師がつくり入力した演奏データを聴き取る活動を通して題材を見通すことができるようにと考えたのである。
 さらに下のような資料(学習カード)を提示し、いっそう活動のイメージや学習への意欲が持てるよう、そして創作への抵抗をやわらげながら学習のめやすが持てるようにしてみた。

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 ここでは、「自分で自分だけの旋律をつくってリコーダーで演奏し、発表会を開こう」というのが子どもの活動意識の中核となり、そのことを追求していくうちに無理なくアルトリコーダーの基礎的な奏法を身につけていけるだろうという基本的な考えに立って授業を構想している。
 自分の作品、自分だけの作品であるから、「もっとよくしたい」「もっとスムーズに演奏してみたい」という子どもの願いが生じ、めざす作品や演奏のめやすも自分で設定し自分なりの仕方で追求することができる。つまり、子ども自身が指し手感覚を損なうことなく学習していけるのである。
 しかも、テンポを変えて自動演奏するコンピュータを複数台(ここでは3台)設けることにより、自分で自分に合ったテンポを自分で選択・決定し練習に取り組むことができる。もちろん、そうしたければより速いテンポで演奏するコンピュータの場所に移動して確かめ、自己評価しながら深めていくことができる。さらに、納得がいくまで「つくる」→「確かめる」→「見直す」といった学習に時間をかけて取り組むことができるのである。
 そして、コンピュータの自動演奏に合わせて自分のつくった旋律を演奏することそのことから自ずと「問い返され」ることで、よりこうしてみたい、もっと工夫してみたいという追求に自然と追い込まれ、さらによりよいものをめざそうとする心の動きが生じるであろうと考えたのである。
 コンピュータから問い返されるだけではなく、一緒に活動していている友だちの作品を聴いたり、他のクラスの友だちの作品を聴いたりする活動を通して、自分の作品や演奏を見直すといった心の動きも自然に生じてくることをねらって活動を設定している。
「きまったリズムの中で」「たった4つの音の組み合わせで」「コンピュータの演奏に合わせて」「自分のめやすを決めて」「自分が吹ける曲」をつくって演奏し発表しよう、という題材を通しての投げかけが、子どもたちの抵抗感を排除し安心して「自分にとってよいもの」をめざそうとする活動意識を生じさせたのであろう。子どもたちは、それぞれ自分の活動場所を選択して学習に取り組んでいた。
ついでながら、生涯学習社会で生きて働く力を身につけさせるためには、「自分のめざす内容や方法を自分で選択・決定する」という活動が普段に行われ、自分のしたいことがわかり、自分が自分にしてやれることは何か、どうすれば良いか、確かめる方法はどうかなどについて認識しながら活動していけるような力や態度が育っていることが肝要であり、それは学校生活全体の中で培われるべきもので、音楽科の学習といえ例外ではない。
 そのような選択・決定の構えについて、無理なく育てていくためには「どうしても選びたくなる」「選べたら楽しい」と思えるような環境を準備してやる必要がある。
 そこで、ここでも子どもたちが自分の学習を確かなものにできることをめざして自由に動き回りながら学びとっていける「学習の広場」としての場の設定もねらってみたのである。

3. 終わりにかえて

 学習環境とは、端的に言ってみれば子どもの主体的な学習をめざして「教えられずに学びとりながら学ぶ意欲や仕方、自信や勇気を身につけていける場の設定」であると考えている。 
 つまり、教師の仕組んだことでも、「これが欲しかった」と自分から進んで手に入れようとできたり、自分の手でつくり・工夫し・発見したのだと思えるような学習の場のことである。
 他ならない自分自身の手で、自分自身のために学習行動を起こし、自分の手で自分にとって意味のある学習を成し得た、という実感をぜひとも子どもたちに味わってもらう必要がある。
 そのことによって、学習の主体、創造の主体、生きる主体としての自分自身を発見し、自信と勇気を手に入れて「よりよく生きる」力や構えを培うことができるだろうと思うからである。
 この学習の中で子どもたちは、「自分でも音楽をつくれる」「コンピュータと合わせて演奏するのが楽しかった」「ソラシド以外の音も使いたかった」「一番速いコンピュータと何度も合わせて確かめられた」「友達と一緒に吹いたらきれいにハモッてた」などさまざまなことに気づいたり考えたり活動を楽しんだりしながら、結果としてはアルトリコーダーの新しい運指やサミングなどに抵抗なく慣れて演奏することができるようになった。大切なことは、アルトリコーダーの運指を正しく覚え使えるようになることなのではなく、楽器を演奏することを通して自分自身を外に向かって押し出すこと、つまり自分自身を表すことができるかどうか、ということであり、「つくって発表する」というめあてや「コンピュータと合わせて」という仕組みが子どもたちにうまく作用し、無理なく自己統制しながら頑張らせてしまったのではないかと考えている。
ここで取り上げたのは、地方の小さな学校におけるささやかな事例であるが、そのような学習環境の構想へのアプローチの一例として報告させていただくことにした。