【論文要旨】

1、研究の目的と方法
 子どもは音楽を楽しもうとしている。音楽の楽しさを味わい、積極的に音楽の良さを自分の中に取り込もうとしている。
 その音楽に対する愛好心・音楽的に成長しようとする力を阻むのは何か。
 また、音楽を担当する教師の誰もが、主体的に進んで音楽に取り組める子どもに育てたいと願い、子どももより良い
 表現をしたい、あるいは表現活動を通して音楽を自分のものにしたいと願っているにも拘わらず、そうならないのは何
 故か。
  目につき易い問題の一つとして「知識・技術」の獲得に対する抵抗が挙げられるが、実は問題はもっと根深いところ
 に在るのではないか。
  学習が、そもそも子どもの「わかろうとする」意欲や「知りたい・できるようになりたい」という欲求の上に成立するもの
 であり、しかも学習対象に深くかかわり、自由に問いかけ・問い返される関係を成立させることによってのみ、「本当に
 わかった」というわかり方ができるという認知心理学の成果に立てば、知識や技術の断片を「教え・伝える」ことを核に
 した授業観、教師の持つ価値を押しつけることに力点の置かれた教科観こそが見直されるべき重要な問題として浮か
 び上がってくる。
  その視点から授業を変える」ことが、音楽科の抱える課題として捉えられるが、これまでの「電子楽器を生かした授業
 実践」を通して幾つかの重要な示唆を得ている。
  そのような「これまでの成果について考察し・系統立て、同時に子どもの学習に有効に機能すると思われる電子楽器・
 電子機器の特性を洗い出し、授業の転換に生かそう」とするのがこの研究の目的である。
  研究対象は、電子楽器と呼ばれる楽器群とそれらの制御に関する機器群を考えている。
  論文題目を「電子楽器」とせずに「電子機器」としたのはそのためである。
  導入・活用することにより、子どもたちの学習に有効に機能するであろうと考えられる電子機器を活用することによる
 「メリット」と活用を阻む抵抗になっているものについて考察をするために「電子機器の活用に関する意識調査」による
 分析とその結果を核に考察を進める。つまり、電子機器の活用により、授業の「何が変わったか」「どのような変化が
 期待できるか」「何が(どんな要素が)変えたか」、ハードやソフトの抱える問題について考え、何が解決されればより
 有効な学習を支えるものとなり得るかを見極めたいのである。
 研究調査の対象は、次の通りである。
   北海道札幌市緑ヶ丘小学校児童
   茨城県水戸市千波小学校児童
   茨城県茨城大学教育学部附属小学校児童
   愛知県豊田市内某小学校
   鹿児島県鹿児島大学教育学部附属小学校児童:
   茨城県小学校 音楽科担当教師

2、論文の構成

 論文の構成は、次の通りである。
     序
     第1章      音楽科教育について
      第1節     学習について
         第1項    日常生活での学習
         第2項    動機づけについて
         第3項    評価について
       第2節     音楽科教育について
         第1項    音楽科教育の意義と目的
        第2項    何を育てるのか
       第3項    音楽的技術について
       第4項    個々の取り組みを生かす
     第2章      電子機器と音楽科教育
       第1節     音楽科教育にかかわる電子機器
         第1項    電子楽器
        第2項     その他の電子機器
       第3項    MIDIについて
      第2節     電子楽器の特性と音楽の学習
      第3節     コンピュータと音楽の抒婆
      第4節     仮説の設定
     第3章      調査
      第1節     調査の目的
      第2節     調査の方法
      第3節     集計
      第4節     因子分析
       第1項    分析方法について
       第2項    分散分析の結果
       第3項    分析
      第5節     分析の結果と考案
     第4章      総合的考案
      第1節     活用と操作の関係
      第2節     電子機器を活用した授業
      第3節     電子機器を学習指導に生かす
      第4節     今後の課題

              参考文献一覧
              終わりに
              謝辞
              資料

3、論文の概要
  音楽科教育の意義が「音楽文化の継承」のみにあるのではなく、「音楽文化の参加者や創造者」を育てることにこそ
 あるとすれば、子どもたちに身につけさせたい力は、次の3つである。
   1、音とリズムに反応する力
   2、選択・操作する力
   3、それらを自己表現に生かそうとする力
  そのような力の育成と、教育の個性化を音楽科教育の課題であると捉えることができる。
  そのために電子機器の活用が不可欠な条件として浮かび上がってくる。避けて通ることができないような状況が近い
 将来やってくることは疑いようがない。
  電子機器活用に関する意識調査のデータによる因子分析を行い、
 活用に関する態度の因子から、学校現場への導入を阻む不安要因や抵抗要因を明らかにし、学校が機器がどう変わる
 ことが必要か、を考察してきた。
  子どもたちの持つ「期待」の因子を充分に発揮させ、望ましい音楽学習を実現させるためには、教師自身が自らの経験
 によりかかった指導姿勢のみではなく、常に自己革新を図るような姿勢、つまり新しいものごとを探索し、発見することを
 恐れない姿勢を持つことが必要であろうと考えられる。一方、電子機器それ自身も「人間が人間らしい感覚を生かして」
 操作でき、その良さが誰にでも感じられるようなものになる必要があるであろう。
 機械の操作を学習するのではなく、機械を使って「音楽そのものを操作」することを学習し、音楽の良さを感じられる子ども
 に育てることが目的なのだから。


              序

 私たちは、「音楽」という教科を通して、何事かを子どもたちに伝えようとしている。
 伝統芸術としての音楽を文化財として伝え継承していくだけではなく、音や音楽の世界の中で新しい発見をしたり、表現に
胸踊らせる経験を通して、「表現手段としての音楽」への接し万を伝えるという重要な作用を含んでいる。
 しかも、それは子どもたちの「音楽で伝える」「音楽で表現されたものを感じとろうとする」という能動的な活動を通すことに
よってこそ、その目的が達成されることに注目しなければなるまい。
 音楽という文化に参加し、直接触れ、音現象の操作を通じてこそ音楽の持つ意味を子ども自らが学びとっていけるからであ
る。
 その為には、子ども自らが音や音楽に主体的にかかわっていく場面を欠かすことができず、そこでは個性的、創造的な活動
を通した教育の方法が重要な役割を担う。
 又、そのような個性的、創造的な活動を促すためには、自分が自分であることに自信を持ち、勇気を持って学習に取り組ん
でいけるよう育てなければならない。
 言葉を変えれば、音楽という教科を通して『自己実現できる子ども』を育て、そのことによって音楽文化に積極的に参加しよ
うとする人間を育てようとしている、と言って良いであろう。
 『自己実現できる』とは、どのようなことを指すのであろうか。
 関は、「昔も今も、子どもを育てる上で一番大切で、又一番難しい問題は、子どもが生きることに意味を見出すように、手助
けしてやることである。」というブルーノ・ベッテルハイムの言葉を引用し、人間がよりよく生きるために必要な根源的な力が
「生きることに意味を見いだすこと」であると言っている。
 そして、それは「自分を好意的に受け止める感性や心情のことである」とし、「子どもが自分の人生を能動的に、積極的に
つくり上げつつ生きて行こうとする感性や心情や態度を持つこと」そのことが『自己実現』であるという。
 学校教育に於ける音楽科教育も、それをすることによって、子ども自身に『自分の存在に対する自信』を培い『生きることに
意味を見出せる』よう、つまり自己実現できるよう図らなければ何の意味もない。
 「音」や「音楽」で自分の何事かを伝えられるということ、又そのことによって自分が外界の変化の源となれることの喜びや
成就感による自己の能力感や効力感の高まりを保証すること、さらにそのことによって『自分が音楽する意味』を感じ・わか
り、自己表現の力を自ら確かめ伸ばそうとする子ども、音楽を愛好する子どもに育てることが学校に於ける音楽科教育の目的
であり、音楽教育に求められている姿である。

  『極論すれば、従前の我々の音楽指導、すなわち、知識と
   技術の注入を中核とした楽曲教授方式の単なる継承をも
   ってしては、音楽科はもはやその存在理由と教育的機能
   を維持することは不可能であろう。
           〜略〜
   我々の音楽指導の原点は、どうやらこの「アイデンティ
   ティ」の周辺にあるのではないかと思われてならない。
   自分と直接かかわる音楽学習、自分の正体が見えてくる
   ような音楽学習を組織したいものである。

という山本の指摘は重要である。
 子ども自身が自分の存在や自分の音楽する意味を感じながら音楽に接することができるよう、山本の言葉を借りれば、音楽
を通してアイデンティティを確立していけるよう図るのが、音楽科教育に課せられた意義なのである。
 しかも、その教育的手段は、マーセルが言うように「レッスン」ではなく、意味の深い『音楽経験』をさせることであり、それによ
って音楽に対する態度を養うことが目標であるべきなのだ。
 その為には、子ども自身が「音」や「音楽」に直接参加し、触れ,それらとの間に自由に問いかけ・問い返される関係を成立
させることが必要であり、そのことによってのみ、意味のある音楽経験をさせることが可能になる。
 子ども自らが「問いかけ・問い続ける」という活動は、それ自体「個」のありように基づいたものであり、個々の子どもの個性を
抜きにしては論じられないものである。
 新しい教育動向の大きな視点に「個性を生かす教育」がうたわれているのもそうした事情によるものである。
 一人ひとりの子どもの個性を量的・質的な両側面から捉える視点を確保し、それぞれの学習へのかかわり方の違いを認める
ことで音楽の授業を見直し、その望ましい在り方を考察していかなければならないであろう。
 これまで何年聞かの 『電子楽器を活用した授業』実践の中で得てきたことは、電子楽器を活用することにより第一に演奏
技術の抵抗から子どもたちを解放し、その子どもなりの参加の仕方で音楽的な経験を積んでいくことが可能になり、望ましい
学習の姿に近づけることができる、という実感である。
 第二に、閉回路を自由に仕組むことが可能になることから、それぞれが(個人なり少人数のグループなり)納得行くまで自ら
の学習を深めることができるということ。
 第三に豊富な音色を活かした、幅広い学習活動が可能であるということ。
 第四にそのような活動を通して、「音」や「音楽」の成り立ちについての学習が可能になると同時に音に対する感覚や音楽に
対する感受性を磨くことができるということ。等々であり、電子楽器を授業に導入することによるメリットは多大であると感じてきた。
 子どもが音楽を学習する、ということの基底に流れる「子どもにとっての望ましい学習」についての考察を根幹に据え、そこを
視座に「教科音楽科」を見直し、さらに「音楽」から「教科音楽科」を見直すことが重要であると考えている。
 さらに、そこに電子楽器・電子機器という視点を介在させた時、解決への示唆が可能な課題が多く視野に入って来るのでは
ないだろうかという期待がある。
 以上述べてきたように、本研究は、子どもたちの望ましい学習の姿を具現化する為の要因は何かを探り、それらの要因の実現
に電子楽器や電子機器がどのように有効であるか、有効でないとすればそれはどのような事かを探り、授業改善への一視点と
してのアプローチを試みようとするものである。